2008年02月29日 (金) | 編集 |
![]() | だいじょーぶ、のんびりいこう 心の薬の処方箋 (知恵の森文庫 b ふ 1-3) (2007/05/10) 藤臣 柊子 商品詳細を見る |
「うつ病」「パニック障害」の作者が出している本の中で
これが一番気に入っている。
全体の文章が実に明るい・・。
悲惨な表現や暗さがないので安心して読めると思う。
☆何となくやりきれない気分の時に・・
☆ちょぴり何かできそうな気分の時に・・・・・など
「その気分の時には こうしてみたらどうかな・・」と
提案してくれる・・ まさしく「心の処方箋」
私が「おぉ〜〜!」と思ったのは
「思いついたことを何でも書いてみよう」という章
------------------------------------------------------------------
<文中より抜粋>
好きなように書く
それも文章で書くのだ
-中略--
なんの脈絡もなくていい
どんなに飛んでも何でもいい
-中略--
その時書いたことを忘れた頃に見直してみる
そうすると思ってもいない自分がそこに表れていたりする
温和な自分 暴力的な自分 明るい自分 暗い自分
言葉というのはスゴイと思う
-中略--
ただひたすらに書いてみる
ここに自分の求めていた答えが見つかったりすることもあるのだ
------------------------------------------------------------------
私は、もともと思いついたことをすぐにメモするクセがある・・・。
でも・・いつもそのメモはあっちこちに分散し、紛失し・・・
まったく意味をなさなかった。
日記も三日坊主・・・というありさま。
でも このブログだけは 今のところ違うようだ。
単なるひとりごとだけれど、新たな発見も多い。
作者の言うとおり、自分の求めていた答えが見つかったりもする。
私にとって書くことは 心のリハビリなんだと思う。
ちょっと話が脱線しちゃったけれど・・・(^o^;
自分から動き出すきっかけや、希望を与えてくれる本だと思う。
◆作者のブログはここです。
☆↓『藤臣柊子のあっという間にブログ』
http://fujiomi.at.webry.info/
◆ご注意◆
この記事は、私の場合 効果のあった本です。
病気の症状や 受け止め方は 人それぞれ違いますので
この病を持つすべての方にオススメ! というものではありません。
時には、本の情報がかえって悪影響を及ぼす場合もありますので
ご注意ください・・。
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2008年02月28日 (木) | 編集 |
![]() | 「うつ」と「躁」の教科書 (2003/05/27) ブライアン・P.クイン 商品詳細を見る |
もっと専門的な視点から「うつ」と「躁」について知りたい時に 役立つ本。
医学書のコーナーで見つけたのだが、他の専門書と違って
比較的わかりやすい表現をしていると思う。
外国人作者の本を和訳したものだが、違和感なく読めた。
ただし、日本ではいたずらに不安をあおることを懸念して、
あえて書かない内容まで書かれていることや
断定的に感じる表現があることなどから
躁うつ病になって間もない初期症状の方や
まだ不安定な状況の方は、読まないほうがいいように思う。
私でも・・「うつ」がひどい時には、読まないようにしている。
------------------------------------------------------------------
<文中より抜粋>
健康な人は誰でも無意識な防衛メカニズムとして つらい記憶や嫌な問題を
一時的に意識から閉め出したり、忘れたりする便利な力を持っている。
ところが、残念なことに「うつ病」の人には、この能力が失われているのである。
・・・中略・・心から閉め出そうと一生懸命頑張れば頑張るほど、
うまく行く可能性は低くなる。
それどころか、それができない自分は弱い人間だと誤解して
罪の意識や恥ずかしさを感じてしまう。
------------------------------------------------------------------
いつも「どうして こうなの?」とか「私が弱すぎるからダメなんだ・・」
・・・と自己嫌悪に陥っていたが
こういうメカニズムを知ると、自分の症状に少し納得できるような気がした。
私が読書する際は、共感できる部分や、気になった箇所に付箋をつけているのだが
付箋が一番多かったのが この本だった。
◆ご注意◆
この記事は、私の場合 効果のあった本です。
病気の症状や 受け止め方は 人それぞれ違いますので
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2008年02月27日 (水) | 編集 |
![]() | マンガ お手軽躁うつ病講座High&Low (2004/10) たなか みる 商品詳細を見る |
「躁うつ病」の作者が、自分の体験を織り交ぜながら マンガと文章で
この病気をわかりやすく説明している本。
初めから終わりまで 専門用語ビッシリでは ないので
気軽に読める本だと思う。
「躁うつ病」と言っても 人によって様々な症状があるのだと知った。
私がこの本を読んで頷いたのは・・
------------------------------------------------------------------
<文中より抜粋>
「でも 誰もわかってくれないもん」 「でも病気なんだから仕方ないもん」と
「でもでも」と逃げて 一方的に人に頼っているだけではダメで
自分自身で症状を軽くする環境を作り上げる努力をすることも
私は必要だと思います。
------------------------------------------------------------------
・・・という部分。
本当に私もそう思う・・・。
◆ご注意◆
この記事は、私の場合 効果のあった本です。
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2008年02月26日 (火) | 編集 |
もしも・・予定通りであれば・・・この時間 私は、上の空だ・・。
・・・じゃなくて・・・もとい!
空の上だ・・。

海が見たくなったので ちょっとそこまで・・(笑)

行き先は沖縄・・。
札幌から沖縄って遠い〜。
沖縄へ行ったことがない私は、旅行バッグに半袖ばかり詰め込んでいた。
南国だから常夏で海で泳げるのだと思っていた。
スゴイ誤解・・・( ̄_ ̄|||) ハワイじゃないってば・・。
海外旅行のように時差もないし、機内でのワイン飲み放題
もないので
イベント好きな私でも おとなしくしていられると思う・・。
たぶん・・(^o^;)
今まで旅行先で「うつ」が来たことはないのだが、
いつも急にやってくるので、帰って来るまで「うつ」に落ちませんように・・。
飛行機も落ちませんように・・・。
行ってきま〜す。
2月29日に帰ります。

↑これは困る・・
この記事は、前日に書いたものを予約投稿しました。
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・・・じゃなくて・・・もとい!
空の上だ・・。


海が見たくなったので ちょっとそこまで・・(笑)

行き先は沖縄・・。
札幌から沖縄って遠い〜。
沖縄へ行ったことがない私は、旅行バッグに半袖ばかり詰め込んでいた。
南国だから常夏で海で泳げるのだと思っていた。
スゴイ誤解・・・( ̄_ ̄|||) ハワイじゃないってば・・。
海外旅行のように時差もないし、機内でのワイン飲み放題
もないのでイベント好きな私でも おとなしくしていられると思う・・。
たぶん・・(^o^;)
今まで旅行先で「うつ」が来たことはないのだが、
いつも急にやってくるので、帰って来るまで「うつ」に落ちませんように・・。
飛行機も落ちませんように・・・。
行ってきま〜す。
2月29日に帰ります。

↑これは困る・・
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2008年02月25日 (月) | 編集 |
夫は、めったに携帯メールをしない。
なのに・・先週めずらしく夫からメールが届いた。
するとそこには1枚の写真だけがあった。↓

彼が私に何を伝えたいのか おわかりだろうか・・・。
私は、これを見て思わず吹き出してしまった・・・。
こたえは、最後に書きますね。
我家は、私以外全員 男だ。 (猫2匹もオスなので・・)
寡黙(?)な 彼らは、自分の気持ちをあまりクチにしない・・・。
(・・・って猫は モトモトできないけど・・・
)
例えば・・コイツ・・↓☆リュック猫・・じゃなくて温和な性格の「ヘーくん」


彼は、時々こんなコトをする・・。
「いったい 何が言いたいのか?」
「さっぱり わからない・・・」
レッツトライ♪福山雅治のガリレオ調に言ってみましょう。
このカッパは、彼のお気に入りだ。
カッパに ごはんをあげたいのか? それともカッパが ごはんなのか?( ̄_ ̄|||)
次はコイツ↓ ☆元ノラ出身 暴れん坊将軍こと暴君じゃなくて「ぼーくん」


しょっちゅう家中から集めたコレクションを公開する・・。
金タワシはわかるが、他のものは家族全員心当たりがない・・。
もしかして何か分解している? Σ( ̄□ ̄|||!
メカおたくなのかもしれない・・でも何が言いたい?
そして昨日の朝のことだ・・。
2階の窓から庭を見下ろしたら・・・

「ナスカの地上絵?」
舅が雪かきスコップでつけた跡だ・・。
「もう雪かきはイヤだ!」という意思表示か?
舅に聞いたら 何となくやってみたくなったんだそうだ・・。
男達のそれぞれの主張は、実にノウテンキで お子ちゃまなのだった・・。
☆夫メールのこたえ☆
「29(にく) 肉肉肉・・=今夜は肉が食べたい・・」と言っている。が正解♪
しかも走りながら命がけで撮ったらしい・・・。
☆危ないのでマネをしないでください・・
夫よ・・そこまでして肉が食べたいのか?・・・
気が付かれましたか? でも正解しても賞金はありません・・ごめんなさい・・
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なのに・・先週めずらしく夫からメールが届いた。
するとそこには1枚の写真だけがあった。↓

彼が私に何を伝えたいのか おわかりだろうか・・・。
私は、これを見て思わず吹き出してしまった・・・。
こたえは、最後に書きますね。
我家は、私以外全員 男だ。 (猫2匹もオスなので・・)
寡黙(?)な 彼らは、自分の気持ちをあまりクチにしない・・・。
(・・・って猫は モトモトできないけど・・・
)例えば・・コイツ・・↓☆リュック猫・・じゃなくて温和な性格の「ヘーくん」


彼は、時々こんなコトをする・・。
「いったい 何が言いたいのか?」
「さっぱり わからない・・・」
レッツトライ♪福山雅治のガリレオ調に言ってみましょう。このカッパは、彼のお気に入りだ。
カッパに ごはんをあげたいのか? それともカッパが ごはんなのか?( ̄_ ̄|||)
次はコイツ↓ ☆元ノラ出身 暴れん坊将軍こと暴君じゃなくて「ぼーくん」


しょっちゅう家中から集めたコレクションを公開する・・。
金タワシはわかるが、他のものは家族全員心当たりがない・・。
もしかして何か分解している? Σ( ̄□ ̄|||!
メカおたくなのかもしれない・・でも何が言いたい?
そして昨日の朝のことだ・・。
2階の窓から庭を見下ろしたら・・・

「ナスカの地上絵?」
舅が雪かきスコップでつけた跡だ・・。
「もう雪かきはイヤだ!」という意思表示か?
舅に聞いたら 何となくやってみたくなったんだそうだ・・。
男達のそれぞれの主張は、実にノウテンキで お子ちゃまなのだった・・。
☆夫メールのこたえ☆
「29(にく) 肉肉肉・・=今夜は肉が食べたい・・」と言っている。が正解♪
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☆危ないのでマネをしないでください・・

夫よ・・そこまでして肉が食べたいのか?・・・
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2008年02月24日 (日) | 編集 |
私の気分がちょっとイマイチな時に
かなり効果があるのが「笑うこと」と「歌うこと」♪
今日は、「私が最近気に入ったサイト」を書き込んでみようと思う。
もし興味がありましたら、ぜひお試しください。
でも・・あとでガッカリすると困りますので
あまり期待しないでくださいネ・・(^o^;
☆音が出るサイトは少し時間がかかる場合があります・・。
まずは、笑っちゃったサイトから・・・
☆「ねこふんじゃった」の件で 猫にあやまりたい」
@nifty ディリーポータルZ という面白いサイトで
「べつやく れいさん」という方が挑戦しています。

☆「ジェロの意外な熱唱」
※音が出ますので ご注意ください。
予想を超えた展開に驚きます。しかも歌唱力バツグン♪

☆「ロンドンの地下鉄でのパフォーマンス」
※音が出ますので ご注意ください。
あちらでは、公共の場でこういう楽しい試みをゲリラ的に行うのが
はやっているそうで、周りの反応が面白い。
日本も真面目くさってないで こういう遊びをするゆとりが欲しい・・・(^o^;

そして、今私がイチバン元気になる曲がコレ・・
☆ジャミロクワイの「バーチャル・インサニティ」
※音が出ますので ご注意ください。
もうずっと前に流行った曲らしいのですが、
私だけ今頃フィーバー(死語)してます(笑)
特にサビの所が大好き♪
ここんとこ ず〜っとこの曲がアタマから離れません。
ウォークマンでこれを聞きながら掃除や雪かきをすると
ガンガン馬力がかかるので結構助かっています☆

※今後上記のサイトが表示されない事が予想されますので ご了承ください。
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かなり効果があるのが「笑うこと」と「歌うこと」♪
今日は、「私が最近気に入ったサイト」を書き込んでみようと思う。
もし興味がありましたら、ぜひお試しください。
でも・・あとでガッカリすると困りますので
あまり期待しないでくださいネ・・(^o^;
☆音が出るサイトは少し時間がかかる場合があります・・。
まずは、笑っちゃったサイトから・・・
☆「ねこふんじゃった」の件で 猫にあやまりたい」
@nifty ディリーポータルZ という面白いサイトで
「べつやく れいさん」という方が挑戦しています。

☆「ジェロの意外な熱唱」
※音が出ますので ご注意ください。
予想を超えた展開に驚きます。しかも歌唱力バツグン♪

☆「ロンドンの地下鉄でのパフォーマンス」
※音が出ますので ご注意ください。
あちらでは、公共の場でこういう楽しい試みをゲリラ的に行うのが
はやっているそうで、周りの反応が面白い。
日本も真面目くさってないで こういう遊びをするゆとりが欲しい・・・(^o^;

そして、今私がイチバン元気になる曲がコレ・・
☆ジャミロクワイの「バーチャル・インサニティ」
※音が出ますので ご注意ください。
もうずっと前に流行った曲らしいのですが、
私だけ今頃フィーバー(死語)してます(笑)
特にサビの所が大好き♪
ここんとこ ず〜っとこの曲がアタマから離れません。
ウォークマンでこれを聞きながら掃除や雪かきをすると
ガンガン馬力がかかるので結構助かっています☆

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2008年02月23日 (土) | 編集 |

「うつ」と「躁」のオモリを乗せたシーソーの上で 行ったり来たりを繰り返す私・・
今日は、真ん中へんに立っているようだ。
どちらにも傾かずに水平なカンジ・・。
これが普通の私なのだろうか? もともとの私?
でも何かちょっと違う・・。
掃除をして 洗濯をして 雪かきをして 友人にメールの返事を出して コメントを書いて・・・
そんな自分へのご褒美にと映画のDVDを観ていたら
いつのまにか眠っていて、猫たちも 私の足元で眠っていた・・・。
外は、静かに雪が降っていて 平和だなぁ〜〜と思った。
私には、難病を持つ友人がふたりいる。
ひとりは膠原病で もうひとりは、パーキンソン病。
どちらもとても辛い病気だ。
そして母は、以前 悪性の甲状腺リンパ腫(ガン)で手術を受け
10年後に再発し、その手術でガン細胞を取りきれず、
いつまた再発するかという不安と戦いながら 今に至る。
でも みんなそんな病気を持っていることなど感じさせないくらい
前向きで とても明るく元気だ。
私は、彼女達を心から尊敬している・・・。
きっと彼女達の あの強さは、元からではなく 今まで病気と戦いながら
自然と身についたものだと思うのだ。
私の病気は、痛みがない。
ココロは痛いけれど、実際の身体の痛さとは 違う。
丈夫に生んでくれた親に 心から感謝している。
「躁うつ病」は、確かに大変な病気だけれど
身体は健康で 「うつ期」以外は、動くことができるのは
とてもありがたいことなのだと思う。
「うつ」がひどくなると 時々「死」に吸い込まれるようにはなるけれど
今のところ、私は何とか踏ん張って生きている。
今も身体に 取ることのできないガン細胞という爆弾を持っている母は、
「死の恐怖」が常に頭のどこかにあるハズだ。
でも母は、「死」を一番身近に感じるからこそ 「生きること」の意味を
誰よりも知っているのだと思うのだ。
おとぼけキャラの母は、いつも私達を笑わせてくれる。
病気であることを忘れさせるくらいに・・。
私が、「死」へと引き込まれずに 踏ん張っていられるのは、
2度の流産によって、この世に生まれることが叶わなかった子供達のことと
母と友人達の「生きることへの強い姿勢」を この目で見てきたからだと思う。
今は シーソーの 真ん中にいても またいずれは どちらかに傾くだろう。
わずかな傾きで起こる様々な現象は、今までの経験で対処すれば なんとかなる。
問題は、極端にどちらかに激しく傾いた時に、
その嵐が通り過ぎるまで どうするかだ・・・。
その嵐は、いつも予告なしにやってきて、いつ去るのかがわからないので
とてもやっかいだ。
でも・・この病気の症状を 一通り把握すれば 違う症状に驚き慌てることはない・・。
そう考えることにしようと思う。
シーソーが どちらに傾いても それらとうまく共存していく方法を探しながら
私も前向きに 明るく元気に生きていこう!
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2008年02月22日 (金) | 編集 |
2008年02月21日 (木) | 編集 |

洗濯機の「終ったよブザー」が鳴ってすぐに干せたのは、2ヶ月ぶり・・(笑)
いつもはベッドでうだうだしながら、何時間も経ってから
逃げ場を失い警察に自首する犯人みたいに うなだれて仕方なく干していた・・。
ホコリを見ても 身体が勝手に素通りして 見えない風だったのが
今日は、ホウキでさっさと掃いた。(掃除機までには まだ至らず・・_| ̄|● )
2週間ぶりに化粧をして、髪をとかした・・・

ずっとスッピンで、髪は手ぐしだった・・。( ̄_ ̄|||)
あぁ〜・・恥ずかしい・・・。;
今日は、2年ぶりに美容院へ行った。
人が大勢いて、キライな鏡の前に何時間も座らされ、おまけにずっと
話かけられるのが嫌だった・・。
発病してからは、余計行けなくなっていたのだ。
思いきって 30cmくらいバッサリ切った。
「本当にいいの?」と美容師が何度も聞いた。
「はい ばっさりやっちゃってください・・」と私。
頭も心もスッキリして、爽やかな気持ち♪
それが「躁」のチカラだったとしても いいのだ。
苦手でできなかったことが 少しでもできたら
それで満足なのだ・・。
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2008年02月20日 (水) | 編集 |
昨日 ついに買っちゃった〜〜!・・・
マイ ミュージック スタジオ
前回書いた記事↓で保留にしていたのだが・・・
デアゴスティーニでわかる私の躁度数
でも・・本屋で 再度よぉ〜く考えてみたし
しばらく買ってみて 無理だったら そこでキッパリやめよう!
・・・と思っての購入だったので、今までの衝動買いとは 少し違う。
夫にウソがつけない私は、夕べ 正直に白状した。
買ったもん勝ちの事後承諾・・ これって反則だよなぁ〜・・(笑)
早速 インストールしてみた。
思ってた以上に結構 面白い♪
「躁」が出ているのを自覚しているので、時間を決めて学び
ちゃんと終らせることもできた。
よっしゃぁ〜〜〜!
でも最も危険なこの時期の私は、新たなハマりごとが加わると
コントロール不能に陥ることが多い・・・。
どうしたもんか・・・。 と考えた。
以前・・宅地建物取引主任者の資格を取るための勉強をしていた時に
『10時間勉強したら・・』とか、『この問題集で○点取れたら・・』
1時間分TVを見てもよい・・という決まりを自分に課したことがある。
小学生がよくやっている「ご褒美作戦」だ。
ばかばかしい作戦だが、これは結構効果があった。
離婚直後で 人生崖っぷちだったのもあるけど・・・(^o^;
その後 無事に合格して、第2の人生もスタートできたのだ。
今回の『マイ ミュージック スタジオ』は、これ式で行こうと思う。
トイレ掃除が終ったら 何分やって良し♪・・・ってなカンジ。
今までのタイマー式では、魅力的なご褒美がなかったので、慣れてしまい
つい刺激がなくて、暴走しがちだったのだ・・。
この作戦で、今回の「躁」のレベルを これ以上あげないようにしたい。
ついでに家の中がキレイになるなら 一石二鳥(*^0^*)♪
だめもとで あまり無理をせず、あまり自分に期待をせずに試してみようと思う。
少しでも成功するといいなぁ・・・
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マイ ミュージック スタジオ

前回書いた記事↓で保留にしていたのだが・・・
デアゴスティーニでわかる私の躁度数
でも・・本屋で 再度よぉ〜く考えてみたし
しばらく買ってみて 無理だったら そこでキッパリやめよう!
・・・と思っての購入だったので、今までの衝動買いとは 少し違う。
夫にウソがつけない私は、夕べ 正直に白状した。
買ったもん勝ちの事後承諾・・ これって反則だよなぁ〜・・(笑)
早速 インストールしてみた。
思ってた以上に結構 面白い♪

「躁」が出ているのを自覚しているので、時間を決めて学び
ちゃんと終らせることもできた。
よっしゃぁ〜〜〜!
でも最も危険なこの時期の私は、新たなハマりごとが加わると
コントロール不能に陥ることが多い・・・。
どうしたもんか・・・。 と考えた。
以前・・宅地建物取引主任者の資格を取るための勉強をしていた時に
『10時間勉強したら・・』とか、『この問題集で○点取れたら・・』
1時間分TVを見てもよい・・という決まりを自分に課したことがある。
小学生がよくやっている「ご褒美作戦」だ。
ばかばかしい作戦だが、これは結構効果があった。
離婚直後で 人生崖っぷちだったのもあるけど・・・(^o^;
その後 無事に合格して、第2の人生もスタートできたのだ。
今回の『マイ ミュージック スタジオ』は、これ式で行こうと思う。
トイレ掃除が終ったら 何分やって良し♪・・・ってなカンジ。
今までのタイマー式では、魅力的なご褒美がなかったので、慣れてしまい
つい刺激がなくて、暴走しがちだったのだ・・。
この作戦で、今回の「躁」のレベルを これ以上あげないようにしたい。
ついでに家の中がキレイになるなら 一石二鳥(*^0^*)♪
だめもとで あまり無理をせず、あまり自分に期待をせずに試してみようと思う。
少しでも成功するといいなぁ・・・

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2008年02月19日 (火) | 編集 |

にゃんこのあんよが大好き(*^0^*)♪ 肉きゅうの"ぷにぷに"も好き

ちょっと不安になった時に にゃんこをぎゅうぅ〜〜とすると
とても癒される・・・。
にゃんこも私の大事な家族・・・。
私の家族は、夫と舅の3人家族+ねこ2匹・・
もし・・躁うつ病になったのが、私ではなく
私の家族だったとしたら・・・
私は、きっとどうしていいか わからなかったと思う・・。
でも・・私が発病した時 家族は冷静だった。
普通なら「大丈夫かっ!」と言いそうなところを・・
我家の場合は、「大丈夫だよ・・」と言った。
うまく表現できないのだが・・ようするに驚かなかったのだ。
その理由を 私は、ずっと後になって知った・・。
私のうつがひどくなって 家事や何もかもができずにいても
そのことで 未だに一度も催促されたことがない・・。
「掃除ができなくてごめん・・」と言うと
「人間ホコリが積もったって死にぁ〜しないから♪」
・・・と夫は 豪快に笑い飛ばす・・。
この言葉に どんなに救われたことか・・。
そして食事・・
掃除は毎日じゃなくてもいいが
食事は そうは行かない・・
でも我家では、私が動けなくなると
舅が買物へ行き、料理を作る。
夫は、食器の洗い物をする。
あ うんの呼吸で自然と役割分担ができていた。おかげで生活には 何の支障もなかった。
掃除や洗濯など 他の家事は
彼らがやる事で 私が自己嫌悪になることを心配して
私がやるまで そっとしておいてくれる。
私は いつ「激うつ」になってもいいように
元気な時に 準備することができるようになった。
私には、この生活が 今とてもベストだ。
どうしてスムーズに行ったのか・・。
彼らは、そういう生活に慣れていたのだ・・。
その理由は・・・
亡くなった姑が 精神的な病気を患っていたからだった。
自分の母親が亡くなったショックで発病したらしい。
2度ほど入院し、症状も重かった。
舅が仕事に出ると、夜勤なのを忘れ警察に捜索願いを出しちゃったり、
ひとりになると知人に電話をかけまくり、同じ話をし続けて
相手から「もう電話をかけさせないで下さい」という
苦情もあったと聞いた。
私は、姑とは一度しか会っていない・・。
結婚の報告に行った時だけ・・。
とても喜んでくれて、私の手を取り嬉しそうに微笑んでいた。
今でも、あの時 玄関先で私に手を振って「またおいでね♪」と
見送ってくれた姑の笑顔を思い出す・・。
あれが最後の別れの挨拶だったのだと思うと
とても胸が熱くなる・・。
その時は、病気もかなり良くなっていて
まったく普通の状態だったので全然知らなかった。
その2ヵ月後に姑は この病気と関係なく
内臓の病気で亡くなった。
「俺達は、○ちゃんが どんな状態になったって大丈夫だから心配するな・・」
私が自分の新たな症状にとまどうと、夫はこう言う。
「こうしなさい・・」とか「ガンバレ!」とかではなく
「だいじょうぶ」という言葉だけを繰り返す 私の家族・・。
そんな愛する家族のためにも はやく良くなりたいと
心から そう思う・・。
早く恩返ししたくて焦るあまり 失敗も多かった。
急がば まわれ・・だと思い知ったものだ・・。
愛する家族を守るためにも・・今 自分ができることから
ゆっくり 確実に進んでいこうと思う。

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2008年02月18日 (月) | 編集 |
今朝はとても調子が良かったので
「さぁ〜〜! 家のことをやるぞ〜〜!」と はりきっていたのに
朝から夕方まで パソコンの前で過ごしてしまった・・_| ̄|●
回復した元気をすべて パソコンに費やしてしまったのだ。
しかも・・アタマに浮かぶ様々な疑問を Googleしまくり
もう〜どうにも止まらない・・・
これはもう「軽躁」どころじゃない・・
まちがいなく 完全な「躁」状態へ突入だ。
あぁ・・・気をつけていたつもりだったのに・・
だけど、いつもはとても快適で幸せモード全開なカンジだったのに
今回は、ちょっと様子が違う・・。
アタマの中のモヤモヤを、全部パソコンの中で消そうとするかのように
スッキリと解決する方法を 検索することで探しているようだった。
検索って、知りたいことがすぐにわかる便利さがあるけれど
知りたくないことまで 偶然知ってしまい凹むこともしょっちゅうある・・・。
「こういう分野に関しては 教えて下さらなくて結構です・・」みたいな
回避設定でもあればいいんだけどな・・(^o^;
今日も偶然 嫌な文字が目に飛びこんで来て 困ってしまった。
以前も 1日中 パソコンの前から動けなくなって
医者から「パソコン禁止令」が出たんだったっけ・・。
あぁ〜〜・・・。
◆今日の私への教訓◆

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「さぁ〜〜! 家のことをやるぞ〜〜!」と はりきっていたのに
朝から夕方まで パソコンの前で過ごしてしまった・・_| ̄|●
回復した元気をすべて パソコンに費やしてしまったのだ。
しかも・・アタマに浮かぶ様々な疑問を Googleしまくり
もう〜どうにも止まらない・・・

これはもう「軽躁」どころじゃない・・
まちがいなく 完全な「躁」状態へ突入だ。
あぁ・・・気をつけていたつもりだったのに・・
だけど、いつもはとても快適で幸せモード全開なカンジだったのに
今回は、ちょっと様子が違う・・。
アタマの中のモヤモヤを、全部パソコンの中で消そうとするかのように
スッキリと解決する方法を 検索することで探しているようだった。
検索って、知りたいことがすぐにわかる便利さがあるけれど
知りたくないことまで 偶然知ってしまい凹むこともしょっちゅうある・・・。
「こういう分野に関しては 教えて下さらなくて結構です・・」みたいな
回避設定でもあればいいんだけどな・・(^o^;
今日も偶然 嫌な文字が目に飛びこんで来て 困ってしまった。
以前も 1日中 パソコンの前から動けなくなって
医者から「パソコン禁止令」が出たんだったっけ・・。
あぁ〜〜・・・。
◆今日の私への教訓◆

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2008年02月17日 (日) | 編集 |
【昨日の日記】
病院嫌いな私・・。
おまけに ここ2日間 外は吹雪で寒かった・・。
何だかんだと 行くのを先延ばしにしていたら
ついに薬がなくなった・・。
降参だ・・・
「今日こそ病院へ行こう・・」
そう思って朝 外を見たら 猛吹雪・・
「この中を片道40分歩いたら、遭難するかも・・」
これは 冗談ではなくホントの話・・
私の病院は、とてもヘンピな場所にある。
こんな悪天候な日は、周りに建物があまりないので、
地吹雪となって四方八方 真っ白な世界になる。
方向感覚がマヒしてしまい、車との接触事故も多いのだ。
病院へ 行くのも ワタシ・・命がけ・・・(泣)
・・・と 一句詠んでる場合じゃない・・
こういうこともあろうかと 前日病院へ問い合わせていた。
診察は午前 9時から・・。
診察券の受付は8時。
でも待合室は 7時から入室OKだった。
そんなに早く行ったことがなかったので 知らなかった。
出勤前の夫に頼み、
おにぎり
を持って病院へ向かう・・(笑)
だって朝食食べる時間がないんだもん・・。
思った通り 途中で地吹雪・・何も見えない中を ゆっくり進む。
さすがは、夫。 まったく動じない・・。
午前7時 病院へ到着。誰もいない待合室・・。
なのに・・ちゃんと暖房が入っていて、
いつものように 心地よいオルゴールのBGMが流れていた。
暖房が入っていないと思い カイロも持参したのだ。
きっと7時前から暖房を入れて暖めてくれていたのだろう。
「ありがたいことだ・・」
優しい気配りに感謝しながら、ひとりでおにぎりを食べた。
朝っぱらから、こんな所で ごはん食べてるのってねぇ〜〜。
8時からボチボチ人が来始め、9時には満員となった。
一見 内科の待合室に見える。 心の病の人がこんなにたくさんいるんだな。
みなさんの病気も 早く良くなりますように・・心からそう願う。
初めて一番最初に名前を呼ばれた。
そのとたん 心臓がドキドキし始めた・・。
「怒」の感情が 尋常ではないこと
を医者に伝えなければというプレッシャーだ。
病室へ入る・・。
医者の顔が まともに見られない・・。
ピンチだぁ〜〜! Y(>_<、)Y
胸を押さえながら なんとか伝えようと必死なワタシ・・。
だまって見守る医者。
やっとのことで言い終わると 医者が言った。
「心の病気とは 本当に難しいものです・・」
しみじみとした口調で言うものだから
消耗し 弱りきった私のココロに ばきゅ〜んと一撃・・
・「怒」を感じた時は、なるべく 人との接触を避ける。
・「躁」かな? と思ったら、10動けるうちの
8でストップするよう心がける。
・・・という内容の話をしてくれた。
心配していた薬が増量することもなく 診察終了。
来月の通院時は、ドキドキすることなく 無事に終えたいものだ。
全神経と全体力を使い切ってしまい ヘロヘロ状態で待合室へ戻ると
両親が迎えに来ていた。
予感がして自宅へ電話し、舅に聞いたらしい。
心配をかけるので ナイショにしていたのに・・。
母の私に関する「感」は 結構するどくて いつも驚かされるのだ。
でもうれしかった・・・。
家族や両親に迷惑をかけたくない・・と
いつも ついひとりで無理をしてしまうのだが
それがかえって裏目に出て、余計心配をかけてしまう・・。
もっと甘えなさい・・。と言われても
甘えベタな私には、結構難しいことなのだ・・。
それでも・・いつも私の周りの人々(家族・両親・友人・ねこ(?))は
さりげなく そして暖かく私を支えてくれる。
そのことを ずっと忘れずにいようと思う・・。
今度の通院時は、快晴でありますように・・。
※今回の診察で かなりぐったりしてしまったので
昨日は、書き溜めてあった記事を更新し、
今、昨日のことを書きました。
これからも・・更新していなかったり、急に日記の内容が変わったら
「今日は お疲れなのね・・」と察してくださいませ・・(笑)
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病院嫌いな私・・。
おまけに ここ2日間 外は吹雪で寒かった・・。
何だかんだと 行くのを先延ばしにしていたら
ついに薬がなくなった・・。
降参だ・・・
「今日こそ病院へ行こう・・」
そう思って朝 外を見たら 猛吹雪・・
「この中を片道40分歩いたら、遭難するかも・・」
これは 冗談ではなくホントの話・・
私の病院は、とてもヘンピな場所にある。
こんな悪天候な日は、周りに建物があまりないので、
地吹雪となって四方八方 真っ白な世界になる。
方向感覚がマヒしてしまい、車との接触事故も多いのだ。
病院へ 行くのも ワタシ・・命がけ・・・(泣)
・・・と 一句詠んでる場合じゃない・・

こういうこともあろうかと 前日病院へ問い合わせていた。
診察は午前 9時から・・。
診察券の受付は8時。
でも待合室は 7時から入室OKだった。
そんなに早く行ったことがなかったので 知らなかった。
出勤前の夫に頼み、
おにぎり
を持って病院へ向かう・・(笑)だって朝食食べる時間がないんだもん・・。
思った通り 途中で地吹雪・・何も見えない中を ゆっくり進む。
さすがは、夫。 まったく動じない・・。
午前7時 病院へ到着。誰もいない待合室・・。
なのに・・ちゃんと暖房が入っていて、
いつものように 心地よいオルゴールのBGMが流れていた。
暖房が入っていないと思い カイロも持参したのだ。
きっと7時前から暖房を入れて暖めてくれていたのだろう。
「ありがたいことだ・・」
優しい気配りに感謝しながら、ひとりでおにぎりを食べた。
朝っぱらから、こんな所で ごはん食べてるのってねぇ〜〜。

8時からボチボチ人が来始め、9時には満員となった。
一見 内科の待合室に見える。 心の病の人がこんなにたくさんいるんだな。
みなさんの病気も 早く良くなりますように・・心からそう願う。
初めて一番最初に名前を呼ばれた。
そのとたん 心臓がドキドキし始めた・・。
「怒」の感情が 尋常ではないこと
を医者に伝えなければというプレッシャーだ。
病室へ入る・・。
医者の顔が まともに見られない・・。
ピンチだぁ〜〜! Y(>_<、)Y
胸を押さえながら なんとか伝えようと必死なワタシ・・。
だまって見守る医者。
やっとのことで言い終わると 医者が言った。
「心の病気とは 本当に難しいものです・・」
しみじみとした口調で言うものだから
消耗し 弱りきった私のココロに ばきゅ〜んと一撃・・

・「怒」を感じた時は、なるべく 人との接触を避ける。
・「躁」かな? と思ったら、10動けるうちの
8でストップするよう心がける。
・・・という内容の話をしてくれた。
心配していた薬が増量することもなく 診察終了。
来月の通院時は、ドキドキすることなく 無事に終えたいものだ。
全神経と全体力を使い切ってしまい ヘロヘロ状態で待合室へ戻ると
両親が迎えに来ていた。
予感がして自宅へ電話し、舅に聞いたらしい。
心配をかけるので ナイショにしていたのに・・。
母の私に関する「感」は 結構するどくて いつも驚かされるのだ。
でもうれしかった・・・。
家族や両親に迷惑をかけたくない・・と
いつも ついひとりで無理をしてしまうのだが
それがかえって裏目に出て、余計心配をかけてしまう・・。
もっと甘えなさい・・。と言われても
甘えベタな私には、結構難しいことなのだ・・。
それでも・・いつも私の周りの人々(家族・両親・友人・ねこ(?))は
さりげなく そして暖かく私を支えてくれる。
そのことを ずっと忘れずにいようと思う・・。
今度の通院時は、快晴でありますように・・。
※今回の診察で かなりぐったりしてしまったので
昨日は、書き溜めてあった記事を更新し、
今、昨日のことを書きました。
これからも・・更新していなかったり、急に日記の内容が変わったら
「今日は お疲れなのね・・」と察してくださいませ・・(笑)
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2008年02月16日 (土) | 編集 |
![]() | 再婚生活 (2007/06) 山本 文緒 商品詳細を見る |
これは、「うつ病」の彼女のありのままの生活を綴った日記形式のエッセイ。
「うつ病」を経験した者でしか わからない様々な葛藤を
ひとりの女性として 本音で語っていると思う。
押し付け的な表現がなく、「私は毎日をこんな風に過ごしているわ・・」と
親しい友人が、すぐ隣りで話しているような親しみを感じる。
私が共感を覚えたのは・・・
王子(彼女の旦那様のあだ名)や誰か他の人が 私を助けたいと思っても
結局できる事ってほとんどない。
私も人を助けようと思っても、本当のところは何もできない。
人は自分で自分を助けるしかない。
・・・という部分。
私は、この本を2度読んだ。どちらも「うつ」がひどくて
ベッドから出られない時に、毎日少しずつ読んだ。
私の場合、自分のその時の心の状態によって、
同じ文章でも受け止め方が変わる。
そして、自然と元気が出てくる・・・。
また 時間をかけて じっくり読みたい・・。
そんな気持ちにさせる作品だと思う。
◆ご注意◆
この記事は、私の場合 効果のあった本です。
病気の症状や 受け止め方は 人それぞれ違いますので
この病を持つすべての方にオススメ! というものではありません。
時には、本の情報がかえって悪影響を及ぼす場合もありますので
ご注意ください・・。
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2008年02月15日 (金) | 編集 |
今日は ほとんどを寝て暮らしてしまった_| ̄|●
私の予定はこうだった・・。
心療内科
筋トレ(スポーツジム)
フラダンスのレッスン(スポーツジム)
私の場合・・
「躁」でも「鬱」でも 人と接する外出は、
なぜかとても憂鬱な気分になる。
あと何時間(分)で出なくっちゃ・・と思うと
それまでの時間 ソワソワして落ち着かない。
時計を見ながら 常にカウントダウンしてしまう。
読書もTVも上の空・・。ちっとも楽しくない。
化粧をするのも 着替えることすら辛くなる。
人が嫌いなわけじゃないのになぁ〜〜・・。
ひとりで気ままに外出したり、夫とふたりでの外出は
そうならないのになぁ〜〜・・。
結局、今日の外出はやめた。 その途端 ほっとする。
それまでカウントダウンされていた時間が
急にゆっくりと流れ出す・・。
でも「自分で決めたことが どうしてできない!」
・・・という自己嫌悪がやってくる。
決して裕福じゃない家計から 何とかジム代を払っているのに・・・。
月に数回しか行けないんじゃ もったいなさすぎる・・。
以前こういう状態であることを医者に話した時
スポーツジムを しばらく休んではどうか・・と言われた。
でも・・ますます外との接点がなくなりそうで・・
誰とも付き合えなくなりそうで、怖くてできなかった。
仕事の時も そう言われて休んだが
ますますひどくなったので泣く泣く退職したのだ。
なんだかんだとグダグダ考えて
ますます自分が嫌になってベッドへ非難・・。
私が日中にベッドに行くのは、緊急事態・・。
様子がおかしいと察知した猫2匹が一緒に添い寝。
私は 猫にまで心配されているらしい( ̄_ ̄|||)
ヤケ食いをした後 しばらく眠って、ふとブログが気になった。
やっとのことでPCを開いたら、コメントがあった。
頂いたコメントを読み、背中がシャキ〜ンとなった。
こんな感じ 何かで見たぞ・・。
ピンチの時に ほうれん草の缶詰を食べて元気になる
ポパイがアタマに浮かぶ。
「コメントは 私のほうれん草・・」
頂いたコメントで とても救われた。
昨日書いた自分の記事があまりにも暗く長く ドロドロしていて
私自身がちょっと凹んでしまっていた。
それが 今日のことを引き起こしていたように思う。
やっぱりまだ書くのが 早過ぎたのだろう。
でも・・発作が起きずに これで済んでいるのは、
良くなった証拠でもあるのかもしれない・・。
こんな自分勝手なひとりごとを書いている つたないブログを
読んでくださる方がいらして コメントを書いてくださることが
本当に 私の大きな励みになることを 身に染みて感じた。
みなさん 本当に本当にありがとうございます・・(*^0^*)
心から感謝をこめて お礼を言います。
明日は 病院へ行けそうです・・。
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私の予定はこうだった・・。
心療内科
筋トレ(スポーツジム)
フラダンスのレッスン(スポーツジム)私の場合・・
「躁」でも「鬱」でも 人と接する外出は、
なぜかとても憂鬱な気分になる。
あと何時間(分)で出なくっちゃ・・と思うと
それまでの時間 ソワソワして落ち着かない。
時計を見ながら 常にカウントダウンしてしまう。
読書もTVも上の空・・。ちっとも楽しくない。
化粧をするのも 着替えることすら辛くなる。
人が嫌いなわけじゃないのになぁ〜〜・・。
ひとりで気ままに外出したり、夫とふたりでの外出は
そうならないのになぁ〜〜・・。
結局、今日の外出はやめた。 その途端 ほっとする。
それまでカウントダウンされていた時間が
急にゆっくりと流れ出す・・。
でも「自分で決めたことが どうしてできない!」
・・・という自己嫌悪がやってくる。
決して裕福じゃない家計から 何とかジム代を払っているのに・・・。
月に数回しか行けないんじゃ もったいなさすぎる・・。
以前こういう状態であることを医者に話した時
スポーツジムを しばらく休んではどうか・・と言われた。
でも・・ますます外との接点がなくなりそうで・・
誰とも付き合えなくなりそうで、怖くてできなかった。
仕事の時も そう言われて休んだが
ますますひどくなったので泣く泣く退職したのだ。
なんだかんだとグダグダ考えて
ますます自分が嫌になってベッドへ非難・・。
私が日中にベッドに行くのは、緊急事態・・。
様子がおかしいと察知した猫2匹が一緒に添い寝。
私は 猫にまで心配されているらしい( ̄_ ̄|||)
ヤケ食いをした後 しばらく眠って、ふとブログが気になった。
やっとのことでPCを開いたら、コメントがあった。
頂いたコメントを読み、背中がシャキ〜ンとなった。
こんな感じ 何かで見たぞ・・。
ピンチの時に ほうれん草の缶詰を食べて元気になる
ポパイがアタマに浮かぶ。
「コメントは 私のほうれん草・・」
頂いたコメントで とても救われた。
昨日書いた自分の記事があまりにも暗く長く ドロドロしていて
私自身がちょっと凹んでしまっていた。
それが 今日のことを引き起こしていたように思う。
やっぱりまだ書くのが 早過ぎたのだろう。
でも・・発作が起きずに これで済んでいるのは、
良くなった証拠でもあるのかもしれない・・。
こんな自分勝手なひとりごとを書いている つたないブログを
読んでくださる方がいらして コメントを書いてくださることが
本当に 私の大きな励みになることを 身に染みて感じた。
みなさん 本当に本当にありがとうございます・・(*^0^*)
心から感謝をこめて お礼を言います。
明日は 病院へ行けそうです・・。
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2008年02月14日 (木) | 編集 |
これまで書いてきた記事の中で あまり触れずにいたこと・・。
大嫌いだったリーマスという薬について
時間制限のある私の夢・・・
急にしゃべるのが止まらなくなったり、
パニック症状を起こすきっかけとなったこと・・・
これらをどう説明したらよいのか、
この胸のうちを 素直にここに書いていいものなのか
正直言って わからない。
もしかしたら、同じ悩みを持つ方々に
不安を与えてしまうかも知れない・・。
それが心配でならない・・・。
でも・・私の日常を綴って行くには、このことは避けられない・・。
他のどんな話題を書いても、結局はここへ戻ってしまう。
その堂々巡りで 今までこの病気についてのブログが続かなかった。
でもその壁を越えたいと思った。
私にとって ブログは
認知療法のひとつだと思っている。
頭で考えるだけでは、すぐに忘れてしまうし 考えがまとまらない。
でも・・書くことで、自分の想いを言葉にし 整理してみることで
何か効果があるような気がするのだ。
だから・・・勇気を出して書くことにした。
かつて私が発作を起こすきっかけとなった危険なキーワードは
「こども」・「孫」・「変」という3つの言葉だった。
もし・・・この言葉を目にして
自分もそうかもしれない・・と思われる方が いらしたら
ここで読むのをやめて欲しい・・・。
実際に私も この話題で他の方のブログを読んで
ものすごく落ち込んでしまったからだ。
この言葉を見ても 何とも思わない方だけ
もしよかったら、読んでみてください・・・。
今回も とても長いです・・・。
青字だけ読み飛ばす方が 疲れなくて済みます(^o^;
途中で「うっつわぁ〜〜重〜〜!」と思ったら
迷わず そこで読むのをストップしてくださいね。
この記事は、私用の記録みたいなものなので、無理して全部読まなくてもいいですので・・・。
私は、子供ができにくい身体らしい。
最初の結婚は、28歳の時だった。翌年妊娠したが、流産。
その後 夫婦で会社を作り軌道に乗るが、すれ違いの生活になり
夫婦仲が冷え、子供どころじゃなくなった。
長男で何よりも家系を重んじる家風だった為、前夫の両親や向うの親戚から
「跡取りは いつできるのか?」とか「このままではお家断絶・・」等と言われると
冗談口調であっても いたたまれず、それがずっと重荷だった。
ある時、仕事がきつく過労で倒れ内科へ行くと、診察中に医者の前で泣いてしまい
その時初めて「精神安定剤」を処方される。
不安になり、夫にそのことを話すと「冗談じゃない!」と激怒・・。
「我家に精神病院にかかる人間が出ては困る! そんな薬もらうな! 飲むな!」
・・・と言われショックだった。
夫は、私の身体のことよりも 世間体を気にした。
ただ内科で「精神安定剤」をもらっただけでだ・・・。
夫の本当の姿を見た気がした。家庭を大事にする夫ではなかった。
何かを決定するのは いつも夫。妻は控えめに常に下がって夫につくす。
そういう生活だった。夫婦は同等ではない!と私が何か意見を言っては叱られた。
「夫婦はお互いが歩み寄りながら一緒に支えあって暮らしていくもの」と考える私と
「夫婦は夫の言うことに妻が従うのが正しい、夫婦水入らずなんてのは
老後でいい・・」と考える夫。
出逢った時は 私と同じ気持ちだったはずだ。
事業が成功し、貧乏生活から贅沢な生活へと環境も変化した。お金と権力が彼を変えた。
育った環境も違いすぎた。そんな夫について行く自信がなくなり
その翌年33歳の時。考えに考えた末 私から離婚を決意し協議離婚。
同じ会社で働くのは嫌だったので、車の免許を取り、
猛勉強をして国家資格を取り 全く別の業種へ就職。
・・・と書くと とてもスムーズに進んでいるように見えるが
実際は、あちこちで離婚差別(仕事の面接や家を借りる為の不動産屋で・・)を受け、
こうなるまでに理不尽な想いを何度も味わった。
結婚は もうしないつもりで仕事に打ち込み 数年後に、今の夫と出逢う。
今の夫とは、とても波長があった。何より自然体でいられた。
1年ほどつきあい結婚の話になった時、彼が長男で ひとりっこだったので、
前の結婚と同じ思いをしたくないと言うと
「こどもができなくても気にしない。ふたりで仲良く暮らせればいい・・」
・・・と言ってくれた。再婚を決め、相互の両親にも報告した。
その直後、夫の母が病気で急死。
夫の父のことが気になり、私から同居を提案する。
そして再婚。新婚だけど3人での同居が始まる。38歳だった。
41歳でやっと妊娠し、喜びもつかの間 2度目の流産。
天国から地獄の心境。
42歳で「うつ病」を発病。心の病とは思わず内科で検査を受けるが異常なし。
ネットや専門書で「うつ病」の症状に近いと気付き
誰にも言わずに、自分から初めて「心療内科」を訪れる。
「うつ病」と診断され、家族と両親に告白する。
翌月 治療に専念したく、悩んだ末に仕事を退職。
その後、舅の何気ない「孫が欲しい・・」と言う言葉に
初めてのパニック発作を起こす。また
私のいつものそそっかしさを見た夫の冗談で「変なヒト・・」と
言う言葉に過剰に反応し再び発作。
家族は、その後 これらの言葉を口にしなくなった。
自分で考えている以上に 頭の中では
「こども・孫」=産めない私・役に立たない嫁・・・
「変」=この病気に対する偏見へのこだわり・
・・・という相当強い意識がうずまいているのだと知ることになる。
薬が何度も変わり、副作用に悩まされながらも何とか過ごす。
数ヵ月後、やはりこれらのキーワードで
「しゃべり出したら止まらなくなる」という症状がたびたび出るようになる。
そして今度は「躁うつ病」と診断される。
今まで処方されていた薬が服用禁止となり、「リーマス」に変更。
これが私の結婚後の経歴だ。
私は、心から子供を望んでいた。
夫も舅も子供好きだった。
子供に恵まれない女性は、大勢いると思う。
私のように子供が欲しいと思っても
妊娠しにくかったり、流産したり・・
その辛さはきっと その本人にしか わからない・・。
以前、記事の中で「時間制限のある私の夢」と書いたのは
「子供を産むこと」だった。
「45歳までは子供をあきらめずにいよう・・」と思っていた。
41歳で流産した時も、精神的にかなり落ち込んだけれど
「まだ時間がある・・」と自分を奮い立たせ立ち直った。
そんなさなかに この病気になり、「リーマス」という薬を調べてから
愕然としてしまった。
ここでは、リーマスの説明を詳しくは書かない。
私が調べたことの全てが正しいとは言えないからだ。
私が断薬したきっかけも「妊娠したかもしれない」と思ったからだった。
結局 妊娠してはいなかったのだが、年齢的にもう時間がないと焦っていた。
この薬については、これまで幾度となく 医者から説明を受けていた。
「確かに100%安全とは言えませんが・・・」と前置きをして
私の何倍もの量を服用しながら、無事に出産した例がたくさんある。
服用せず不安定な状態で妊娠し出産するよりは、
服用しながら安定した状態での妊娠・出産の方が望ましい・・・。
何度も 何度も質問しては、心配はいらない・・と言われてきた。
でも私には、100%安全でなければ・・という思いが強かった。
今なら思う・・・。
この薬でなくても この病気でなくても・・
100%安全だと言いきれる妊娠・出産なんて ありえないのだと・・。
年齢的な焦りと この病気が冷静な判断をさせてくれなかった。
その頃の私は、もし子供が無事に生まれたとしても、
その子の将来が心配だった。
それ以前に 躁うつ病の私が ちゃんと育てて行けるのかが
不安でたまらなかった・・・。
「産めば何とかなるもんだって・・・♪」・・周りが言う励ましの言葉も
あまりにも無責任に思えて、とてもそんな気持ちにはなれなかった・・。
それでもそんな不安を感じながらも やっぱり子供は欲しかった。
そして「妊娠したかも・・」ということがあり
最後の賭けとばかりに 自己判断で断薬し 余計病状を悪化させ
薬が2倍に増えたのだ。
それでも医者は 大丈夫だと 励ましてくれた。
それからは、もうリーマスにこだわらずに 自然にまかせて過ごして来た。
この4月に私は、45歳になる。
実際に誕生日にならないとわからないが、この時が近づくと
もっと心が乱れるとか 症状が悪化するとか 激しい変動があると思っていた。
でも・・・結構落ち着いている。いつのまにか 心のどこかで無意識に
自分を守るための覚悟ができていたのかもしれない・・・。
今はキーワードに触れても、以前のように 即パニックということは なくなった。
他人が私の前で口にしても後で落ち込みはしても、その場では平気でいられる。
でもたぶん家族や両親が口にすると、まだ平静ではいられない気がする。
リーマスと妊娠・出産について、私は肯定も否定もしない。
でももし そのことで悩む方がいらしたら
決して様々な情報に 振りまわされないで欲しいと願う。
今回書いたことは、あくまでも私の場合の話だ。
最終的に決断するのは本人であり、選択肢はいくつもあると思う。
この件については、どの選択が正しいとは
誰にも言えないのではないだろうか・・。
私のキーワードは 今後別のキーワードへと変わることだろう。
逆に今までのキーワードが これまで以上に重く辛くなるのかもしれない。
子供といる生活を夢見ていた私には、
子供のいない将来を予想してはいなかった。
これからの自分の将来が まるで予想できない・・というのが本音だ。
それでも私は、この病気と共存しながら
前向きに 穏やかに 精一杯生きていきたいと思う・・。
◆わたしへの教訓◆

いっぽ いっぽ確実に進もう・・・
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大嫌いだったリーマスという薬について
時間制限のある私の夢・・・
急にしゃべるのが止まらなくなったり、
パニック症状を起こすきっかけとなったこと・・・
これらをどう説明したらよいのか、
この胸のうちを 素直にここに書いていいものなのか
正直言って わからない。
もしかしたら、同じ悩みを持つ方々に
不安を与えてしまうかも知れない・・。
それが心配でならない・・・。
でも・・私の日常を綴って行くには、このことは避けられない・・。
他のどんな話題を書いても、結局はここへ戻ってしまう。
その堂々巡りで 今までこの病気についてのブログが続かなかった。
でもその壁を越えたいと思った。
私にとって ブログは
認知療法のひとつだと思っている。
頭で考えるだけでは、すぐに忘れてしまうし 考えがまとまらない。
でも・・書くことで、自分の想いを言葉にし 整理してみることで
何か効果があるような気がするのだ。
だから・・・勇気を出して書くことにした。
かつて私が発作を起こすきっかけとなった危険なキーワードは
「こども」・「孫」・「変」という3つの言葉だった。
もし・・・この言葉を目にして
自分もそうかもしれない・・と思われる方が いらしたら
ここで読むのをやめて欲しい・・・。
実際に私も この話題で他の方のブログを読んで
ものすごく落ち込んでしまったからだ。
この言葉を見ても 何とも思わない方だけ
もしよかったら、読んでみてください・・・。
今回も とても長いです・・・。
青字だけ読み飛ばす方が 疲れなくて済みます(^o^;
途中で「うっつわぁ〜〜重〜〜!」と思ったら
迷わず そこで読むのをストップしてくださいね。
この記事は、私用の記録みたいなものなので、無理して全部読まなくてもいいですので・・・。
私は、子供ができにくい身体らしい。
最初の結婚は、28歳の時だった。翌年妊娠したが、流産。
その後 夫婦で会社を作り軌道に乗るが、すれ違いの生活になり
夫婦仲が冷え、子供どころじゃなくなった。
長男で何よりも家系を重んじる家風だった為、前夫の両親や向うの親戚から
「跡取りは いつできるのか?」とか「このままではお家断絶・・」等と言われると
冗談口調であっても いたたまれず、それがずっと重荷だった。
ある時、仕事がきつく過労で倒れ内科へ行くと、診察中に医者の前で泣いてしまい
その時初めて「精神安定剤」を処方される。
不安になり、夫にそのことを話すと「冗談じゃない!」と激怒・・。
「我家に精神病院にかかる人間が出ては困る! そんな薬もらうな! 飲むな!」
・・・と言われショックだった。
夫は、私の身体のことよりも 世間体を気にした。
ただ内科で「精神安定剤」をもらっただけでだ・・・。
夫の本当の姿を見た気がした。家庭を大事にする夫ではなかった。
何かを決定するのは いつも夫。妻は控えめに常に下がって夫につくす。
そういう生活だった。夫婦は同等ではない!と私が何か意見を言っては叱られた。
「夫婦はお互いが歩み寄りながら一緒に支えあって暮らしていくもの」と考える私と
「夫婦は夫の言うことに妻が従うのが正しい、夫婦水入らずなんてのは
老後でいい・・」と考える夫。
出逢った時は 私と同じ気持ちだったはずだ。
事業が成功し、貧乏生活から贅沢な生活へと環境も変化した。お金と権力が彼を変えた。
育った環境も違いすぎた。そんな夫について行く自信がなくなり
その翌年33歳の時。考えに考えた末 私から離婚を決意し協議離婚。
同じ会社で働くのは嫌だったので、車の免許を取り、
猛勉強をして国家資格を取り 全く別の業種へ就職。
・・・と書くと とてもスムーズに進んでいるように見えるが
実際は、あちこちで離婚差別(仕事の面接や家を借りる為の不動産屋で・・)を受け、
こうなるまでに理不尽な想いを何度も味わった。
結婚は もうしないつもりで仕事に打ち込み 数年後に、今の夫と出逢う。
今の夫とは、とても波長があった。何より自然体でいられた。
1年ほどつきあい結婚の話になった時、彼が長男で ひとりっこだったので、
前の結婚と同じ思いをしたくないと言うと
「こどもができなくても気にしない。ふたりで仲良く暮らせればいい・・」
・・・と言ってくれた。再婚を決め、相互の両親にも報告した。
その直後、夫の母が病気で急死。
夫の父のことが気になり、私から同居を提案する。
そして再婚。新婚だけど3人での同居が始まる。38歳だった。
41歳でやっと妊娠し、喜びもつかの間 2度目の流産。
天国から地獄の心境。
42歳で「うつ病」を発病。心の病とは思わず内科で検査を受けるが異常なし。
ネットや専門書で「うつ病」の症状に近いと気付き
誰にも言わずに、自分から初めて「心療内科」を訪れる。
「うつ病」と診断され、家族と両親に告白する。
翌月 治療に専念したく、悩んだ末に仕事を退職。
その後、舅の何気ない「孫が欲しい・・」と言う言葉に
初めてのパニック発作を起こす。また
私のいつものそそっかしさを見た夫の冗談で「変なヒト・・」と
言う言葉に過剰に反応し再び発作。
家族は、その後 これらの言葉を口にしなくなった。
自分で考えている以上に 頭の中では
「こども・孫」=産めない私・役に立たない嫁・・・
「変」=この病気に対する偏見へのこだわり・
・・・という相当強い意識がうずまいているのだと知ることになる。
薬が何度も変わり、副作用に悩まされながらも何とか過ごす。
数ヵ月後、やはりこれらのキーワードで
「しゃべり出したら止まらなくなる」という症状がたびたび出るようになる。
そして今度は「躁うつ病」と診断される。
今まで処方されていた薬が服用禁止となり、「リーマス」に変更。
これが私の結婚後の経歴だ。
私は、心から子供を望んでいた。
夫も舅も子供好きだった。
子供に恵まれない女性は、大勢いると思う。
私のように子供が欲しいと思っても
妊娠しにくかったり、流産したり・・
その辛さはきっと その本人にしか わからない・・。
以前、記事の中で「時間制限のある私の夢」と書いたのは
「子供を産むこと」だった。
「45歳までは子供をあきらめずにいよう・・」と思っていた。
41歳で流産した時も、精神的にかなり落ち込んだけれど
「まだ時間がある・・」と自分を奮い立たせ立ち直った。
そんなさなかに この病気になり、「リーマス」という薬を調べてから
愕然としてしまった。
ここでは、リーマスの説明を詳しくは書かない。
私が調べたことの全てが正しいとは言えないからだ。
私が断薬したきっかけも「妊娠したかもしれない」と思ったからだった。
結局 妊娠してはいなかったのだが、年齢的にもう時間がないと焦っていた。
この薬については、これまで幾度となく 医者から説明を受けていた。
「確かに100%安全とは言えませんが・・・」と前置きをして
私の何倍もの量を服用しながら、無事に出産した例がたくさんある。
服用せず不安定な状態で妊娠し出産するよりは、
服用しながら安定した状態での妊娠・出産の方が望ましい・・・。
何度も 何度も質問しては、心配はいらない・・と言われてきた。
でも私には、100%安全でなければ・・という思いが強かった。
今なら思う・・・。
この薬でなくても この病気でなくても・・
100%安全だと言いきれる妊娠・出産なんて ありえないのだと・・。
年齢的な焦りと この病気が冷静な判断をさせてくれなかった。
その頃の私は、もし子供が無事に生まれたとしても、
その子の将来が心配だった。
それ以前に 躁うつ病の私が ちゃんと育てて行けるのかが
不安でたまらなかった・・・。
「産めば何とかなるもんだって・・・♪」・・周りが言う励ましの言葉も
あまりにも無責任に思えて、とてもそんな気持ちにはなれなかった・・。
それでもそんな不安を感じながらも やっぱり子供は欲しかった。
そして「妊娠したかも・・」ということがあり
最後の賭けとばかりに 自己判断で断薬し 余計病状を悪化させ
薬が2倍に増えたのだ。
それでも医者は 大丈夫だと 励ましてくれた。
それからは、もうリーマスにこだわらずに 自然にまかせて過ごして来た。
この4月に私は、45歳になる。
実際に誕生日にならないとわからないが、この時が近づくと
もっと心が乱れるとか 症状が悪化するとか 激しい変動があると思っていた。
でも・・・結構落ち着いている。いつのまにか 心のどこかで無意識に
自分を守るための覚悟ができていたのかもしれない・・・。
今はキーワードに触れても、以前のように 即パニックということは なくなった。
他人が私の前で口にしても後で落ち込みはしても、その場では平気でいられる。
でもたぶん家族や両親が口にすると、まだ平静ではいられない気がする。
リーマスと妊娠・出産について、私は肯定も否定もしない。
でももし そのことで悩む方がいらしたら
決して様々な情報に 振りまわされないで欲しいと願う。
今回書いたことは、あくまでも私の場合の話だ。
最終的に決断するのは本人であり、選択肢はいくつもあると思う。
この件については、どの選択が正しいとは
誰にも言えないのではないだろうか・・。
私のキーワードは 今後別のキーワードへと変わることだろう。
逆に今までのキーワードが これまで以上に重く辛くなるのかもしれない。
子供といる生活を夢見ていた私には、
子供のいない将来を予想してはいなかった。
これからの自分の将来が まるで予想できない・・というのが本音だ。
それでも私は、この病気と共存しながら
前向きに 穏やかに 精一杯生きていきたいと思う・・。
◆わたしへの教訓◆

いっぽ いっぽ確実に進もう・・・
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2008年02月13日 (水) | 編集 |
今朝、外は猛吹雪だった。
その中を自らすすんで雪かきに出て最後までやり遂げた。
その後、朝食の支度。
同居している舅の分も作った。
はたから見れば、ごく普通の朝の風景だ。
でも・・私の場合これは 多分軽い躁の状態・・・。
発病前の私と見た目は同じ。
では・・どこが違うのか・・・。
軽い躁=軽躁モードの私は、
何でもできそうな自信がある。
そしてとても機嫌がいい。
今まで「うつ」を何度も経験し、思うように動けなかったのだから
思いのまま動ける嬉しさから、そうなるのかもしれないが
軽躁モードの私が、何かを始めて
それが完全な「躁モード」へ移行すると
集中力が増幅されて、時間の感覚がなくなる。
これがひどくなると、気がつくと夕方になっていたり、
食事も、睡眠も忘れて没頭してしまう。
そして、その後はぐったりと疲れ、
かなりの確立で「激うつモード」へ突入する。
こうなると なかなか這い上がってこれない。
毎日が「自己嫌悪」のオンパレードとなる。
しかも私の場合、「抗うつ剤」を処方してもらえないので
一度「激うつ」になると かなり長引いてしまう。
これはあくまでも私の場合である。
「激うつ」で寝込む毎日と比べたら、「軽躁」でも動いている方が
だんぜんいいに決まっている。
でも医者は、「その状態の時こそ要注意!」と警告する。
なので今日から、ポケットにタイマーを忍ばせている。
本日のネット利用時間は2時間と決めた。
終了時刻に知らせるようにセットした。
それが終われば、また時間をセットして 次のやりたいことをする。
私は「躁」が強くなると、自分で終了ボタンが押せなくなる。
ここでいう終了ボタンとは、「ここまで!」という区切りの行動だ。
「軽躁」でも油断すると それができなくなるので
私には、タイマーが必要なのだ。
さっき洗濯もしたくなり、洗濯をしながら書いているのだが
ポケットのとは別に、洗濯用のタイマーもセットした。
そうしないと、洗濯機に洗濯物を入れたまま忘れて放置したり
逆にあれもこれもとたくさん洗濯しすぎて、
干す場所がなくなり途方にくれるのだ。
よくばって あれこれと手を出さず、ほどほどに行動する。
私には これが一番カンタンでいて 一番難しい。
外は まだ吹雪いている・・・。
さっき雪かきしたところは、あっと言う間に また雪が積った。
雪がおさまった頃に また雪かきをしなければ・・・。
それまでに体力を使い果たしていなければいいけど・・・(^o^;
◆わたしへの教訓◆

なんでもこなせるのは、喜ばしいことだけれど・・

あとでガクンと来る前に・・・

こうしてリラックスすることも大切なこと・・・。
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その中を自らすすんで雪かきに出て最後までやり遂げた。
その後、朝食の支度。
同居している舅の分も作った。
はたから見れば、ごく普通の朝の風景だ。
でも・・私の場合これは 多分軽い躁の状態・・・。
発病前の私と見た目は同じ。
では・・どこが違うのか・・・。
軽い躁=軽躁モードの私は、
何でもできそうな自信がある。
そしてとても機嫌がいい。
今まで「うつ」を何度も経験し、思うように動けなかったのだから
思いのまま動ける嬉しさから、そうなるのかもしれないが
軽躁モードの私が、何かを始めて
それが完全な「躁モード」へ移行すると
集中力が増幅されて、時間の感覚がなくなる。
これがひどくなると、気がつくと夕方になっていたり、
食事も、睡眠も忘れて没頭してしまう。
そして、その後はぐったりと疲れ、
かなりの確立で「激うつモード」へ突入する。
こうなると なかなか這い上がってこれない。
毎日が「自己嫌悪」のオンパレードとなる。
しかも私の場合、「抗うつ剤」を処方してもらえないので
一度「激うつ」になると かなり長引いてしまう。
これはあくまでも私の場合である。
「激うつ」で寝込む毎日と比べたら、「軽躁」でも動いている方が
だんぜんいいに決まっている。
でも医者は、「その状態の時こそ要注意!」と警告する。
なので今日から、ポケットにタイマーを忍ばせている。
本日のネット利用時間は2時間と決めた。
終了時刻に知らせるようにセットした。
それが終われば、また時間をセットして 次のやりたいことをする。
私は「躁」が強くなると、自分で終了ボタンが押せなくなる。
ここでいう終了ボタンとは、「ここまで!」という区切りの行動だ。
「軽躁」でも油断すると それができなくなるので
私には、タイマーが必要なのだ。
さっき洗濯もしたくなり、洗濯をしながら書いているのだが
ポケットのとは別に、洗濯用のタイマーもセットした。
そうしないと、洗濯機に洗濯物を入れたまま忘れて放置したり
逆にあれもこれもとたくさん洗濯しすぎて、
干す場所がなくなり途方にくれるのだ。
よくばって あれこれと手を出さず、ほどほどに行動する。
私には これが一番カンタンでいて 一番難しい。
外は まだ吹雪いている・・・。
さっき雪かきしたところは、あっと言う間に また雪が積った。
雪がおさまった頃に また雪かきをしなければ・・・。
それまでに体力を使い果たしていなければいいけど・・・(^o^;
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あとでガクンと来る前に・・・

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2008年02月12日 (火) | 編集 |
◆ご注意◆
今回はちょっと長いです。
そして症状の重い時期の方は読むと辛くなるかもしれません。
読んでも大丈夫だと思える方だけ よかったら読んでみてください。
初診時は「うつ病」、その後「躁うつ病」と診断された私だが、
一般病院の検査のような、検査結果の数値や、レントゲン写真とは違い
心療内科は、適性検査のようなものと、患者の話だけで判断される。
しかもその適性検査のようなものは、私の場合、初診時以来していない。
(今なら、少しはちゃんと答えられると思うんだけどな。。(^o^;)
月1回の診察は、片道40分歩き、
(自宅から病院までの便利な交通機関がない・・
自転車が使えない冬の雪道の徒歩は過酷・・_| ̄|● )
さらに病院で約1時間待って
診察はたった2〜3分で終了してしまう。
ひどい時は、1分にも満たない。
やっとのことで病院へ行って 待たされて・・
なのに たったそれだけの時間で
診察されたり、病名を告げられることに
私は、とても不満を感じていた。
こういうメンタルな病気なのだから数字や写真に出ないのは
仕方がないのだが、それでも納得が行かず
スッキリしない・・というのが本音だった。
例えば・・ずっと気持ちが落ち込んで、だるくて
何もしたくなくなって・・という症状は、この病気でなくても
憂鬱のちょっとひどい症状といえなくもないのでは?
よく「更年期障害」とか「不定愁訴」とか
あるではないか?
なんて思うことも たびたびあった。
心療内科の診察に なかなか馴染めないし
感情を見せない医者
(患者の依存心が強くなるので わざとそうしているらしい)
・・に対して、いつまでたっても心を開けなかった。
少しずつ変わって来てはいるものの、未だにそうである私だ。
でもそんな時、ある出来事がきっかけで
「しゃべり出すと止まらなくなる」という可笑しな現象が起きた。
それもアタマの中がパニックになり、とにかく止まらない・・。
仕方がないので、家族と話す時に、砂時計やタイマーをテーブルにおいて
話したりもしたが、無駄だった。
この症状は、このことで「躁うつ病」と診断されて薬が変わるまで数日続いた。
ある時は、やっと買物へ行ける様になった頃
やはりあるきっかけで、いきなりその場にしゃがみこみ耳をふさぎ
動けなくなってしまったことがあった。
しかも涙が止まらず、立ち上がれず、一緒にいた母親が
オロオロしながら背中をさすり励ましてくれた。
それから数ヶ月は、ひとりでは怖くて外出ができなかった。
後に私のこれらの症状は、ある言葉がキーワードとなって
パニックに近い状態に陥るらしいと気付くのだが
このキーワードについては、まだちゃんと整理して文章にできないので
これも のちのち いつか書こうと思う。
このことがあってから、「私はやはり病気なのだ」と認めた。
今から2年以上前のことだ。
でもここまでハッキリした症状が その後はなかったので
見えない病気の境界線を、探るような日を過ごしていた。
そして最近・・断薬によるダメージもほぼ回復し
全般的に落ち着いた生活を取り戻して来たのだが
それは突然やってきた。
毎朝、夫の目覚ましが鳴る。
いつも聞いている音なのに、その日はいつもより過敏に反応した。
夫は、音を止めてもまた眠るのだ。
そして また鳴る・・。
それが辛くてたまらず、3度目に鳴った時に
「うるさい!!」と怒鳴り出した。
怒りが頂点に達し、目覚ましのベルが憎くてたまらず
それをまた鳴らす夫にもガマンできなかった。
私は、人前で怒鳴ったり、怒りをあらわにしたことがなかった。
初めてそんな私を見て呆然とする夫。
まるで別人を見るかのような、あの表情を
私は、今でも忘れることができない。
それがショックで、私は1日ずっと寝込んでしまった。
そして翌日 目覚ましがまた鳴った。
私は、同じことがあってはと隣の部屋で眠っていた。
それでもその音が、すぐ耳元で聞こえるかのように
大きく聞こえ、驚いて飛び起きた。
そして次の瞬間 私は、号泣していた。
もうそんな自分が嫌でたまらず、危ないことも考えた。
目覚ましの音くらいで
もう死んでしまいたいと本気で思ったのだ。
そこまでコトを大きくしておきながら、泣きつかれて眠り
目覚めた時には、いつもの自分に戻っていた。
今は、同じ目覚ましの音を聞いても
何とも思わない・・。
この出来事も 「病気だと認めざるを得ない瞬間」のひとつとなった。
そして昨日のことだ。
夕食におでんを作ろうと、ゆで卵を作った。
そして卵の殻をむこうとしていたときのことだ。
水につけておいたはずなのに、殻がくっついてうまくむけないのだ。
どんなに注意して慎重にむいても むけない。
卵はだんだん小さくなり、醜い姿になっていく。
そして遂に 「もう!!」と そのうちの1個をグチャっと 握りつぶし
排水カゴの中へ投げ捨てた・・。
私のココロの中が見えない夫は、「しょうがないなぁ〜」と笑っていたが
私は、笑えなかった。
その時私は、ゆでたまごが心底憎かったのだ。
握りつぶすというその自分の行為が、身震いするほど怖かった。
前出の病気が不安定な時の出来事とは違い
今回の この2つは、病気が安定している時に起こっている。
しかも「激しい怒り」だ。
今まで、「うつの時」は、「哀」 「躁の時」は「喜・楽」があったが
「怒」はなかった。
これは一体どういうことなのだろうか・・。
よく新聞やTVのニュースで事件を報道していて
容疑者は、「躁うつ病」で・とか「うつ病」とか
「心療内科に通院歴が・・」・・という言葉を見聞きするたびに
「私は違う!」ときっぱりと否定できた。
でも、今は違う。
正直 自信を持って否定できない自分に とても不安を感じている
私の中に現れるようになった「予測不能な怒り」は爆弾だと思った。
このことを まだ医者は知らない。
私に、それを言葉にする勇気がなかったからだ。
「大丈夫ですよ かならず良くなりますから・・」と医者は言う。
けれど、専門書には、「かなり長期間つきあう病気」とある。
一体どちらを信じればいいのだろう。
同じ病名でも、症状も重さも 処方されている薬もその量も
人によってかなりの違いがある。
どこまでが軽くて、どこまでが重いのかが まったくわからない。
でも・・ありえないと信じたいが
医者が、私を安心させるために言っているのだとしたら、
医者の言う全てのことが 信じられなくなってしまいそうで怖い。
最近になってやっと信頼関係ができてきたので
それを壊したくはない。
いつか「もう完治しました。薬を飲まなくて結構です」という言葉が
聞けるのだろうか・・・。
時々襲ってくる「病気だと認めざるを得ない瞬間」が
そんな私のささやかな希望を 容赦なくひねりつぶす・・。
新たに激しい「怒」が 突然やってくるようになったことを
今度の診察で医者に話さねばならないと思っている。
また薬が増えるのかもしれない・・・。
今は、普通の状態だと思っている私なのだが
実際は、「うつ」なのか「躁」なのか?
それとも また違う病名がつくのだろうか・・・。
◆追記◆ 誤解があるといけないので補足します。
診察時間が短いことへの不満・・・という記述について・・
他の医者にかかったことがないので 他ではどうなのかわかりませんが
私の医者は、私が自分から話す時以外は、「どうですか?」の会話しかしません。
だからすぐに終了してしまうのです。
これも診療内科医 特有の患者のための診察方法なのだと思います。
私から質問したり、病状の変化を詳しく説明する時は
ちゃんと時間をかけて対応してくれます。
今では、それを理解しているので
診察時間についての不満はありません。
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今回はちょっと長いです。
そして症状の重い時期の方は読むと辛くなるかもしれません。
読んでも大丈夫だと思える方だけ よかったら読んでみてください。
初診時は「うつ病」、その後「躁うつ病」と診断された私だが、
一般病院の検査のような、検査結果の数値や、レントゲン写真とは違い
心療内科は、適性検査のようなものと、患者の話だけで判断される。
しかもその適性検査のようなものは、私の場合、初診時以来していない。
(今なら、少しはちゃんと答えられると思うんだけどな。。(^o^;)
月1回の診察は、片道40分歩き、
(自宅から病院までの便利な交通機関がない・・
自転車が使えない冬の雪道の徒歩は過酷・・_| ̄|● )
さらに病院で約1時間待って
診察はたった2〜3分で終了してしまう。
ひどい時は、1分にも満たない。
やっとのことで病院へ行って 待たされて・・
なのに たったそれだけの時間で
診察されたり、病名を告げられることに
私は、とても不満を感じていた。
こういうメンタルな病気なのだから数字や写真に出ないのは
仕方がないのだが、それでも納得が行かず
スッキリしない・・というのが本音だった。
例えば・・ずっと気持ちが落ち込んで、だるくて
何もしたくなくなって・・という症状は、この病気でなくても
憂鬱のちょっとひどい症状といえなくもないのでは?
よく「更年期障害」とか「不定愁訴」とか
あるではないか?
なんて思うことも たびたびあった。
心療内科の診察に なかなか馴染めないし
感情を見せない医者
(患者の依存心が強くなるので わざとそうしているらしい)
・・に対して、いつまでたっても心を開けなかった。
少しずつ変わって来てはいるものの、未だにそうである私だ。
でもそんな時、ある出来事がきっかけで
「しゃべり出すと止まらなくなる」という可笑しな現象が起きた。
それもアタマの中がパニックになり、とにかく止まらない・・。
仕方がないので、家族と話す時に、砂時計やタイマーをテーブルにおいて
話したりもしたが、無駄だった。
この症状は、このことで「躁うつ病」と診断されて薬が変わるまで数日続いた。
ある時は、やっと買物へ行ける様になった頃
やはりあるきっかけで、いきなりその場にしゃがみこみ耳をふさぎ
動けなくなってしまったことがあった。
しかも涙が止まらず、立ち上がれず、一緒にいた母親が
オロオロしながら背中をさすり励ましてくれた。
それから数ヶ月は、ひとりでは怖くて外出ができなかった。
後に私のこれらの症状は、ある言葉がキーワードとなって
パニックに近い状態に陥るらしいと気付くのだが
このキーワードについては、まだちゃんと整理して文章にできないので
これも のちのち いつか書こうと思う。
このことがあってから、「私はやはり病気なのだ」と認めた。
今から2年以上前のことだ。
でもここまでハッキリした症状が その後はなかったので
見えない病気の境界線を、探るような日を過ごしていた。
そして最近・・断薬によるダメージもほぼ回復し
全般的に落ち着いた生活を取り戻して来たのだが
それは突然やってきた。
毎朝、夫の目覚ましが鳴る。
いつも聞いている音なのに、その日はいつもより過敏に反応した。
夫は、音を止めてもまた眠るのだ。
そして また鳴る・・。
それが辛くてたまらず、3度目に鳴った時に
「うるさい!!」と怒鳴り出した。
怒りが頂点に達し、目覚ましのベルが憎くてたまらず
それをまた鳴らす夫にもガマンできなかった。
私は、人前で怒鳴ったり、怒りをあらわにしたことがなかった。
初めてそんな私を見て呆然とする夫。
まるで別人を見るかのような、あの表情を
私は、今でも忘れることができない。
それがショックで、私は1日ずっと寝込んでしまった。
そして翌日 目覚ましがまた鳴った。
私は、同じことがあってはと隣の部屋で眠っていた。
それでもその音が、すぐ耳元で聞こえるかのように
大きく聞こえ、驚いて飛び起きた。
そして次の瞬間 私は、号泣していた。
もうそんな自分が嫌でたまらず、危ないことも考えた。
目覚ましの音くらいで
もう死んでしまいたいと本気で思ったのだ。
そこまでコトを大きくしておきながら、泣きつかれて眠り
目覚めた時には、いつもの自分に戻っていた。
今は、同じ目覚ましの音を聞いても
何とも思わない・・。
この出来事も 「病気だと認めざるを得ない瞬間」のひとつとなった。
そして昨日のことだ。
夕食におでんを作ろうと、ゆで卵を作った。
そして卵の殻をむこうとしていたときのことだ。
水につけておいたはずなのに、殻がくっついてうまくむけないのだ。
どんなに注意して慎重にむいても むけない。
卵はだんだん小さくなり、醜い姿になっていく。
そして遂に 「もう!!」と そのうちの1個をグチャっと 握りつぶし
排水カゴの中へ投げ捨てた・・。
私のココロの中が見えない夫は、「しょうがないなぁ〜」と笑っていたが
私は、笑えなかった。
その時私は、ゆでたまごが心底憎かったのだ。
握りつぶすというその自分の行為が、身震いするほど怖かった。
前出の病気が不安定な時の出来事とは違い
今回の この2つは、病気が安定している時に起こっている。
しかも「激しい怒り」だ。
今まで、「うつの時」は、「哀」 「躁の時」は「喜・楽」があったが
「怒」はなかった。
これは一体どういうことなのだろうか・・。
よく新聞やTVのニュースで事件を報道していて
容疑者は、「躁うつ病」で・とか「うつ病」とか
「心療内科に通院歴が・・」・・という言葉を見聞きするたびに
「私は違う!」ときっぱりと否定できた。
でも、今は違う。
正直 自信を持って否定できない自分に とても不安を感じている
私の中に現れるようになった「予測不能な怒り」は爆弾だと思った。
このことを まだ医者は知らない。
私に、それを言葉にする勇気がなかったからだ。
「大丈夫ですよ かならず良くなりますから・・」と医者は言う。
けれど、専門書には、「かなり長期間つきあう病気」とある。
一体どちらを信じればいいのだろう。
同じ病名でも、症状も重さも 処方されている薬もその量も
人によってかなりの違いがある。
どこまでが軽くて、どこまでが重いのかが まったくわからない。
でも・・ありえないと信じたいが
医者が、私を安心させるために言っているのだとしたら、
医者の言う全てのことが 信じられなくなってしまいそうで怖い。
最近になってやっと信頼関係ができてきたので
それを壊したくはない。
いつか「もう完治しました。薬を飲まなくて結構です」という言葉が
聞けるのだろうか・・・。
時々襲ってくる「病気だと認めざるを得ない瞬間」が
そんな私のささやかな希望を 容赦なくひねりつぶす・・。
新たに激しい「怒」が 突然やってくるようになったことを
今度の診察で医者に話さねばならないと思っている。
また薬が増えるのかもしれない・・・。
今は、普通の状態だと思っている私なのだが
実際は、「うつ」なのか「躁」なのか?
それとも また違う病名がつくのだろうか・・・。
◆追記◆ 誤解があるといけないので補足します。
診察時間が短いことへの不満・・・という記述について・・
他の医者にかかったことがないので 他ではどうなのかわかりませんが
私の医者は、私が自分から話す時以外は、「どうですか?」の会話しかしません。
だからすぐに終了してしまうのです。
これも診療内科医 特有の患者のための診察方法なのだと思います。
私から質問したり、病状の変化を詳しく説明する時は
ちゃんと時間をかけて対応してくれます。
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2008年02月09日 (土) | 編集 |
私はもともと 病院も薬もキライな性分だ。
病気がある程度落ち着いてきて、「躁」と「うつ」の落差が
あまりなくなって来たちょうど1年前。
薬が減薬された。
それまで何種類もの薬を処方されていた私は、
徐々に薬が減って行くのが嬉しくてたまらず、
全快の日は近いと思い込んでいた。
そんなある日、うっかり薬を飲み忘れた。
でも・・症状は何も変わらず、従来の落ち着いた状態の私だった。
これってもしかして、飲んでも飲まなくても変わらないんじゃないかな・・。
つい そんなコトがアタマをよぎった。
リーマスという薬に 私は長い間 反抗してきた。
その理由を書くとかなり長くなるし、ちょっと辛くなるので
今回は書かないが、そのうち書こうと思う。
医者に何度も リーマス以外の薬にして欲しいとお願いしたが
ダメだったのだ。
そしてあることがきっかけとなり、突然自己判断で断薬した。
もちろん医者にもヒミツだ。
それでも眠剤は もらっておこうと思い、従来通り月に1度は通院していた。
そして3ヶ月が経過。
睡眠障害もなかったので眠剤も必要なく 生活に支障もなく
「もう私に薬は必要ない♪」 と喜んでいた。
ところがその直後に 激しい「うつ」になり寝込んでしまった。
慌ててまた薬を飲み始めたが、症状はひどくなるばかりだった。
調べると、薬の効果が出始めるまで、約2週間とあった。(個人差があります)
私が「激うつ」になると外出はもちろん、人と話すのも辛くなるので
病院へ行けなくなる。
でも2週間たっても 一向によくならず
やっとのことで病院へ行き、医者に断薬していたことを告白した。
その時の診察内容はあまり覚えていない。
ただ・・・初診の時と同じく、私が泣いていたことだけは覚えている。
人前で泣く私ではない。
完全に感情がコントロールできなくなっていた。
ふりだしに戻ったような気がした。
それまでの1年半もの間 「時間制限のある私の夢」を保留にして治療してきたハズなのに
貴重な時間を台無しにしてしまったと後悔した。
大キライなリーマスは、倍に増えた。
あれから医者は、減薬しなくなった。
あのままでいたら、今の半分で済んだのに・・・。
私の夢は、ますます手の届かない所へ遠のいた。
断薬=再発
しかもその症状を安定させるまでに 1年もかかった。
決して自己判断で断薬してはいけないと思う。
悲しいことだが、私が良い状態で過ごせるのは
薬の効果であって、決して治ったわけではない。
調子が良くなると、このことをつい忘れてしまうのだ。
個人差があるので、全部がそうだとは言えないのだろうが、
私の場合は、そうだった。
この病気は、決してそんなに甘いものではない。
つくづくそう思った・・・・。
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病気がある程度落ち着いてきて、「躁」と「うつ」の落差が
あまりなくなって来たちょうど1年前。
薬が減薬された。
それまで何種類もの薬を処方されていた私は、
徐々に薬が減って行くのが嬉しくてたまらず、
全快の日は近いと思い込んでいた。
そんなある日、うっかり薬を飲み忘れた。
でも・・症状は何も変わらず、従来の落ち着いた状態の私だった。
これってもしかして、飲んでも飲まなくても変わらないんじゃないかな・・。
つい そんなコトがアタマをよぎった。
リーマスという薬に 私は長い間 反抗してきた。
その理由を書くとかなり長くなるし、ちょっと辛くなるので
今回は書かないが、そのうち書こうと思う。
医者に何度も リーマス以外の薬にして欲しいとお願いしたが
ダメだったのだ。
そしてあることがきっかけとなり、突然自己判断で断薬した。
もちろん医者にもヒミツだ。
それでも眠剤は もらっておこうと思い、従来通り月に1度は通院していた。
そして3ヶ月が経過。
睡眠障害もなかったので眠剤も必要なく 生活に支障もなく
「もう私に薬は必要ない♪」 と喜んでいた。
ところがその直後に 激しい「うつ」になり寝込んでしまった。
慌ててまた薬を飲み始めたが、症状はひどくなるばかりだった。
調べると、薬の効果が出始めるまで、約2週間とあった。(個人差があります)
私が「激うつ」になると外出はもちろん、人と話すのも辛くなるので
病院へ行けなくなる。
でも2週間たっても 一向によくならず
やっとのことで病院へ行き、医者に断薬していたことを告白した。
その時の診察内容はあまり覚えていない。
ただ・・・初診の時と同じく、私が泣いていたことだけは覚えている。
人前で泣く私ではない。
完全に感情がコントロールできなくなっていた。
ふりだしに戻ったような気がした。
それまでの1年半もの間 「時間制限のある私の夢」を保留にして治療してきたハズなのに
貴重な時間を台無しにしてしまったと後悔した。
大キライなリーマスは、倍に増えた。
あれから医者は、減薬しなくなった。
あのままでいたら、今の半分で済んだのに・・・。
私の夢は、ますます手の届かない所へ遠のいた。
断薬=再発
しかもその症状を安定させるまでに 1年もかかった。
決して自己判断で断薬してはいけないと思う。
悲しいことだが、私が良い状態で過ごせるのは
薬の効果であって、決して治ったわけではない。
調子が良くなると、このことをつい忘れてしまうのだ。
個人差があるので、全部がそうだとは言えないのだろうが、
私の場合は、そうだった。
この病気は、決してそんなに甘いものではない。
つくづくそう思った・・・・。
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2008年02月08日 (金) | 編集 |

この3日間・・ 夜12時までに眠り、自然に朝6時に目覚め
体調もすこぶる快適だ♪
私の場合は、「躁」がひどくなると まず眠れない。
眠ることがもったいなく思えて、懸命に何かに没頭してしまう。
やっと眠れたとしても2.3時間で 中途覚醒してしまう。
これは、「うつ」の時にも 時々起こる。
そして それは急にやってくる。
だから、いつでも眠剤を飲めるようにベッドサイドに
薬と水を用意するのが習慣になってしまった。
私が処方してもらっているのは、「ハルシオン」という睡眠導入剤。
病院の規定で眠剤が、2週間分しか処方してもらえないのが悲しい。
しかも今の私は、1錠(0.25mg)では効かなくなった。
2錠でぐっすり眠れるのだが、睡眠障害が続くと
当然だが、あっという間になくなってしまう。
医者に薬がなくなると不安になるので増量したい旨を告げたが
依存性が高くなるといけないという理由で却下された・・。
薬の注意事項に「飲酒は薬の作用を増強するので避けること」とあるが
「むしろ増強したいんだぁ〜〜!」とお酒と薬を一緒に飲んだのだが
(↑大変危険なのでマネをしないでください)
もともと酒に強い私には、何の変化もなく空しくなって
それ以来 こんなバカなことは辞めた。
以前これをやってアル中になってしまったという記事も
どこかで目にしたこともある。 ブルブル・・( ̄_ ̄|||)
百害あって一利なし。
薬なしで自然に眠り、自然に目覚めることがどんなに幸せなことか。
この調子でずっと過ごして行けたら いいな。
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2008年02月07日 (木) | 編集 |
今 書店に『週刊 マイ ミュージック スタジオ』なるものが
これ見よがしに山積みにされている。
デアゴスティーニの新しいシリーズだ。

楽器が弾けない、音符も読めない。
でも、自分のイメージで音楽を作ったり、アレンジしてみたい……。
そんな音楽初心者のあなたでも、週刊『マイ ミュージックスタジオ』があれば、
パソコンを使ってさまざまな音楽作りが楽しめるようになります。
楽器が弾けなくて、音符も読めないクセに音楽が好き♪・・とは まさにワタシのコト?
特に鼻歌で音符入力できるという言葉にグっと来てしまった。
幼い頃、カセットテープに リコーダーだのオルガンだのを重ねて演奏録音して
合作するのが好きだった。
これは私のような人のために作られたシリーズじゃない〜!!(*^0^*)♪
創刊当時は、私が「うつ」から「躁」へと「転躁」した時期だったので
1日中アタマから離れなかった。
実は、【私のデアゴスティーニにハマる度数】=【私の躁度数】・・なのだ!
私の「躁」度数が高い時に、新シリーズのCMが流れると
もう気になって仕方がない。 何も手につかないくらい この事だけを考えてしまう。
今までのシリーズは何とか思い止まって諦めた。
でも今回はかなり手ごわかった・・・。
それでも「今 躁状態の私は危険!衝動的に物事を決めてはダメ!」と
自分に言い聞かせ、何とか落ち着いた普通(?)の状態になるまで待った。
私がハマるシリーズは、全巻買わないと目的が達成できないという問題点がある。
途中で辞めると、それまで投資した分が無駄になってしまう・・。
毎週購入するシステムで、総額94,500円
この金額を見て、諦めようとするのだが
「躁」が落ち着いた今でも、やっぱり諦めきれない・・・( ̄_ ̄|||)
まだ「軽い躁状態」なのかなぁ〜?
この病気になって やっかいだと思うのは、
今の自分が、もともとの自分なのか、軽い躁状態の自分なのかの判断がつかないことだ。
できれば、もともとの自分であって欲しい・・。
自分のおこづかいで買うのだが、独断で判断してマズイと思い
夕べ夫にそっと聞いてみた。
夫曰く・・・「飽きっぽいから・・ダメ・・・
」 即効却下・・_| ̄|●
私 「音楽療法になるかもしれないよ♪ ちゃんと続けるからぁ〜〜!」
夫 「じゃあ〜 とりあえず明日から3日間よ〜く考えてみたらは?・・」
なので今日から3日目考えることにした。
冷静に考えれば、楽器ダメ・音符ダメなヤツが鼻歌で曲を作ったり、演奏するなんざ
反則だよなぁ〜・・。
音楽を語る資格がないんじゃないかなぁ〜(笑)
でも! だからこそ勉強するんだも〜ん! (開き直り!)
さてさて・・どうなりますやら・・・。
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これ見よがしに山積みにされている。
デアゴスティーニの新しいシリーズだ。

楽器が弾けない、音符も読めない。
でも、自分のイメージで音楽を作ったり、アレンジしてみたい……。
そんな音楽初心者のあなたでも、週刊『マイ ミュージックスタジオ』があれば、
パソコンを使ってさまざまな音楽作りが楽しめるようになります。
楽器が弾けなくて、音符も読めないクセに音楽が好き♪・・とは まさにワタシのコト?
特に鼻歌で音符入力できるという言葉にグっと来てしまった。
幼い頃、カセットテープに リコーダーだのオルガンだのを重ねて演奏録音して
合作するのが好きだった。
これは私のような人のために作られたシリーズじゃない〜!!(*^0^*)♪
創刊当時は、私が「うつ」から「躁」へと「転躁」した時期だったので
1日中アタマから離れなかった。
実は、【私のデアゴスティーニにハマる度数】=【私の躁度数】・・なのだ!
私の「躁」度数が高い時に、新シリーズのCMが流れると
もう気になって仕方がない。 何も手につかないくらい この事だけを考えてしまう。
今までのシリーズは何とか思い止まって諦めた。
でも今回はかなり手ごわかった・・・。
それでも「今 躁状態の私は危険!衝動的に物事を決めてはダメ!」と
自分に言い聞かせ、何とか落ち着いた普通(?)の状態になるまで待った。
私がハマるシリーズは、全巻買わないと目的が達成できないという問題点がある。
途中で辞めると、それまで投資した分が無駄になってしまう・・。
毎週購入するシステムで、総額94,500円
この金額を見て、諦めようとするのだが
「躁」が落ち着いた今でも、やっぱり諦めきれない・・・( ̄_ ̄|||)
まだ「軽い躁状態」なのかなぁ〜?
この病気になって やっかいだと思うのは、
今の自分が、もともとの自分なのか、軽い躁状態の自分なのかの判断がつかないことだ。
できれば、もともとの自分であって欲しい・・。
自分のおこづかいで買うのだが、独断で判断してマズイと思い
夕べ夫にそっと聞いてみた。
夫曰く・・・「飽きっぽいから・・ダメ・・・
」 即効却下・・_| ̄|● 私 「音楽療法になるかもしれないよ♪ ちゃんと続けるからぁ〜〜!」
夫 「じゃあ〜 とりあえず明日から3日間よ〜く考えてみたらは?・・」
なので今日から3日目考えることにした。
冷静に考えれば、楽器ダメ・音符ダメなヤツが鼻歌で曲を作ったり、演奏するなんざ
反則だよなぁ〜・・。
音楽を語る資格がないんじゃないかなぁ〜(笑)
でも! だからこそ勉強するんだも〜ん! (開き直り!)
さてさて・・どうなりますやら・・・。
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2008年02月06日 (水) | 編集 |

これは足湯ダヨ。
さすがに私でも温泉にぬいぐるみを持って入る度胸はナイ(笑)
先週末に夫と温泉旅行へ行って来た。
私達夫婦は大の温泉好き♪ 今回は久々の温泉だった。
先月「躁転」してから10日目で、わりと元気だったので、旅行準備も楽しくできた。
「うつ気味」の時は、この準備が苦痛で 取りかかるまでに数日かかってしまうのだ。
先月の診察で医者に注意されたこと・・
☆「うつ期」よりも「躁期」に注意が必要です。
自分をうまくコントロールできるように努力してみましょう。
そうすれば 後でど〜んと疲れて寝込んでしまうことが少なくなって来るハズです。
「よっしゃぁ〜〜! うまくコントロールしてみましょうぞ!」
この10日間は、1日の無理のないスケジュールを立てて実行したり
ダイエットで目標値を達成したりと、とても順調に過ごしていた。
そうして旅行当日、私は3時半に目が覚めた。
うれしくてワクワクして、その後はとても眠れなかった。
2時間ほどネットを見たり、読書をしたりして過ごした後
久々にお弁当を作り、熱いお茶を水筒に入れて・・とゴキゲンな状態で出発した。
夫を連れまわして、めいっぱい観光しまくり やっと宿へ・・。
夜はバイキングでダイエットを忘れて おもいきり食べまくり・・。
温泉へ入りまくり・・・。
「余は満足じゃぁ〜〜♪」状態の幸せな2日間だった。
そして翌日・・・。

疲れた・・・。 ど〜んと来た・・。
医者の警告通りの結果だった。
ベッドから出られない・・。
やっとこさ 夫のお昼用のおにぎりと自分の分を作り、またベッドへ引き返す。
さらに異常な食欲で、食べてもすぐにお腹がすく。
食べないと気になって仕方がなく、起きるのが辛いクセに
自分の食べるものを作るのは苦痛ではなかった。
それがこの2日間の私・・。
せっかくのダイエット・・崩壊・・_| ̄|●
でも2日間で疲れが取れたようで
今朝はやっと身体が少し軽くなり、パソコンを触る気力も戻った。
今思えば、3時半に起きた時点で眠剤を飲んで無理やり寝るとか
冷静な判断が必要だったのだ。
自分をうまくコントロールする難しさを痛感・・。
自分にあった方法をみつけて、こういうことをうまくかわして行きたいものだ・・。
あの異常な食欲も何とか治まったようだ。
今日からまた 気を取り直してダイエットだな・・。
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2008年02月01日 (金) | 編集




「そのガニマタ 何とかしなさいよ・・」
