双極性障害(そううつ病)の私と 愛する猫達との日常生活を綴ります。
私の危険なキーワード・・ 
2008年02月14日 (木) | 編集 |
これまで書いてきた記事の中で あまり触れずにいたこと・・。
大嫌いだったリーマスという薬について
時間制限のある私の夢・・・
急にしゃべるのが止まらなくなったり、
パニック症状を起こすきっかけとなったこと・・・

これらをどう説明したらよいのか、
この胸のうちを 素直にここに書いていいものなのか
正直言って わからない。
もしかしたら、同じ悩みを持つ方々に 
不安を与えてしまうかも知れない・・。
それが心配でならない・・・。

でも・・私の日常を綴って行くには、このことは避けられない・・。
他のどんな話題を書いても、結局はここへ戻ってしまう。
その堂々巡りで 今までこの病気についてのブログが続かなかった。
でもその壁を越えたいと思った。

私にとって ブログは
認知療法のひとつだと思っている。

頭で考えるだけでは、すぐに忘れてしまうし 考えがまとまらない。
でも・・書くことで、自分の想いを言葉にし 整理してみることで 
何か効果があるような気がするのだ。
だから・・・勇気を出して書くことにした。

かつて私が発作を起こすきっかけとなった危険なキーワードは
「こども」・「孫」・「変」という3つの言葉だった。

もし・・・この言葉を目にして 
自分もそうかもしれない・・と思われる方が いらしたら
ここで読むのをやめて欲しい・・・。

実際に私も この話題で他の方のブログを読んで 
ものすごく落ち込んでしまったからだ。

この言葉を見ても 何とも思わない方だけ
もしよかったら、読んでみてください・・・。
今回も とても長いです・・・。

青字だけ読み飛ばす方が 疲れなくて済みます(^o^;
途中で「うっつわぁ〜〜重〜〜!」と思ったら
迷わず そこで読むのをストップしてくださいね。

この記事は、私用の記録みたいなものなので、無理して全部読まなくてもいいですので・・・。







私は、子供ができにくい身体らしい。
最初の結婚は、28歳の時だった。翌年妊娠したが、流産。
その後 夫婦で会社を作り軌道に乗るが、すれ違いの生活になり
夫婦仲が冷え、子供どころじゃなくなった。
長男で何よりも家系を重んじる家風だった為、前夫の両親や向うの親戚から
「跡取りは いつできるのか?」とか「このままではお家断絶・・」等と言われると
冗談口調であっても いたたまれず、それがずっと重荷だった。

ある時、仕事がきつく過労で倒れ内科へ行くと、診察中に医者の前で泣いてしまい
その時初めて「精神安定剤」を処方される。
不安になり、夫にそのことを話すと「冗談じゃない!」と激怒・・。
「我家に精神病院にかかる人間が出ては困る! そんな薬もらうな! 飲むな!」
・・・と言われショックだった。
夫は、私の身体のことよりも 世間体を気にした。
ただ内科で「精神安定剤」をもらっただけでだ・・・。
夫の本当の姿を見た気がした。家庭を大事にする夫ではなかった。
何かを決定するのは いつも夫。妻は控えめに常に下がって夫につくす。
そういう生活だった。夫婦は同等ではない!と私が何か意見を言っては叱られた。
「夫婦はお互いが歩み寄りながら一緒に支えあって暮らしていくもの」と考える私と
「夫婦は夫の言うことに妻が従うのが正しい、夫婦水入らずなんてのは
老後でいい・・」と考える夫。
出逢った時は 私と同じ気持ちだったはずだ。
事業が成功し、貧乏生活から贅沢な生活へと環境も変化した。お金と権力が彼を変えた。
育った環境も違いすぎた。そんな夫について行く自信がなくなり
その翌年33歳の時。考えに考えた末 私から離婚を決意し協議離婚。

同じ会社で働くのは嫌だったので、車の免許を取り、
猛勉強をして国家資格を取り 全く別の業種へ就職。
・・・と書くと とてもスムーズに進んでいるように見えるが
実際は、あちこちで離婚差別(仕事の面接や家を借りる為の不動産屋で・・)を受け、
こうなるまでに理不尽な想いを何度も味わった。

結婚は もうしないつもりで仕事に打ち込み 数年後に、今の夫と出逢う。
今の夫とは、とても波長があった。何より自然体でいられた。
1年ほどつきあい結婚の話になった時、彼が長男で ひとりっこだったので、
前の結婚と同じ思いをしたくないと言うと
「こどもができなくても気にしない。ふたりで仲良く暮らせればいい・・」
・・・と言ってくれた。再婚を決め、相互の両親にも報告した。

その直後、夫の母が病気で急死。
夫の父のことが気になり、私から同居を提案する。
そして再婚。新婚だけど3人での同居が始まる。38歳だった。

41歳でやっと妊娠し、喜びもつかの間 2度目の流産。
天国から地獄の心境。

42歳で「うつ病」を発病。心の病とは思わず内科で検査を受けるが異常なし。
ネットや専門書で「うつ病」の症状に近いと気付き
誰にも言わずに、自分から初めて「心療内科」を訪れる。
「うつ病」と診断され、家族と両親に告白する。
翌月 治療に専念したく、悩んだ末に仕事を退職。

その後、舅の何気ない「孫が欲しい・・」と言う言葉に
初めてのパニック発作を起こす。また
私のいつものそそっかしさを見た夫の冗談で「変なヒト・・」と
言う言葉に過剰に反応し再び発作。
家族は、その後 これらの言葉を口にしなくなった。

自分で考えている以上に 頭の中では
「こども・孫」=産めない私・役に立たない嫁・・・
「変」=この病気に対する偏見へのこだわり・
・・・という相当強い意識がうずまいているのだと知ることになる。

薬が何度も変わり、副作用に悩まされながらも何とか過ごす。

数ヵ月後、やはりこれらのキーワードで
「しゃべり出したら止まらなくなる」という症状がたびたび出るようになる。
そして今度は「躁うつ病」と診断される。
今まで処方されていた薬が服用禁止となり、「リーマス」に変更。
これが私の結婚後の経歴だ。 

私は、心から子供を望んでいた。
夫も舅も子供好きだった。

子供に恵まれない女性は、大勢いると思う。
私のように子供が欲しいと思っても
妊娠しにくかったり、流産したり・・
その辛さはきっと その本人にしか わからない・・。

以前、記事の中で「時間制限のある私の夢」と書いたのは
「子供を産むこと」だった。

「45歳までは子供をあきらめずにいよう・・」と思っていた。
41歳で流産した時も、精神的にかなり落ち込んだけれど
「まだ時間がある・・」と自分を奮い立たせ立ち直った。

そんなさなかに この病気になり、「リーマス」という薬を調べてから
愕然としてしまった。
ここでは、リーマスの説明を詳しくは書かない。
私が調べたことの全てが正しいとは言えないからだ。

私が断薬したきっかけも「妊娠したかもしれない」と思ったからだった。
結局 妊娠してはいなかったのだが、年齢的にもう時間がないと焦っていた。

この薬については、これまで幾度となく 医者から説明を受けていた。
「確かに100%安全とは言えませんが・・・」と前置きをして
私の何倍もの量を服用しながら、無事に出産した例がたくさんある。
服用せず不安定な状態で妊娠し出産するよりは、
服用しながら安定した状態での妊娠・出産の方が望ましい・・・。
何度も 何度も質問しては、心配はいらない・・
と言われてきた。
でも私には、100%安全でなければ・・という思いが強かった。

今なら思う・・・。
この薬でなくても この病気でなくても・・
100%安全だと言いきれる妊娠・出産なんて ありえないのだと・・。

年齢的な焦りと この病気が冷静な判断をさせてくれなかった。
その頃の私は、もし子供が無事に生まれたとしても、
その子の将来が心配だった。
それ以前に 躁うつ病の私が ちゃんと育てて行けるのかが
不安でたまらなかった・・・。

「産めば何とかなるもんだって・・・♪」・・周りが言う励ましの言葉も
あまりにも無責任に思えて、とてもそんな気持ちにはなれなかった・・。

それでもそんな不安を感じながらも やっぱり子供は欲しかった。
そして「妊娠したかも・・」ということがあり
最後の賭けとばかりに 自己判断で断薬し 余計病状を悪化させ
薬が2倍に増えたのだ。

それでも医者は 大丈夫だと 励ましてくれた。
それからは、もうリーマスにこだわらずに 自然にまかせて過ごして来た。

この4月に私は、45歳になる。

実際に誕生日にならないとわからないが、この時が近づくと
もっと心が乱れるとか 症状が悪化するとか 激しい変動があると思っていた。
でも・・・結構落ち着いている。いつのまにか 心のどこかで無意識に 
自分を守るための覚悟ができていたのかもしれない・・・。

今はキーワードに触れても、以前のように 即パニックということは なくなった。
他人が私の前で口にしても後で落ち込みはしても、その場では平気でいられる。
でもたぶん家族や両親が口にすると、まだ平静ではいられない気がする。

リーマスと妊娠・出産について、私は肯定も否定もしない。
でももし そのことで悩む方がいらしたら
決して様々な情報に 振りまわされないで欲しいと願う。
今回書いたことは、あくまでも私の場合の話だ。
最終的に決断するのは本人であり、選択肢はいくつもあると思う。
この件については、どの選択が正しいとは 
誰にも言えないのではないだろうか・・。


私のキーワードは 今後別のキーワードへと変わることだろう。
逆に今までのキーワードが これまで以上に重く辛くなるのかもしれない。

子供といる生活を夢見ていた私には、
子供のいない将来を予想してはいなかった。
これからの自分の将来が まるで予想できない・・というのが本音だ。
それでも私は、この病気と共存しながら
前向きに 穏やかに 精一杯生きていきたいと思う・・。


◆わたしへの教訓◆
takeuma
いっぽ いっぽ確実に進もう・・・



 
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病気だと認めざるを得ない瞬間
2008年02月12日 (火) | 編集 |
◆ご注意◆
今回はちょっと長いです。
そして症状の重い時期の方は読むと辛くなるかもしれません。
読んでも大丈夫だと思える方だけ よかったら読んでみてください。


初診時は「うつ病」、その後「躁うつ病」と診断された私だが、
一般病院の検査のような、検査結果の数値や、レントゲン写真とは違い
心療内科は、適性検査のようなものと、患者の話だけで判断される。

しかもその適性検査のようなものは、私の場合、初診時以来していない。
(今なら、少しはちゃんと答えられると思うんだけどな。。(^o^;)

月1回の診察は、片道40分歩き、
(自宅から病院までの便利な交通機関がない・・
    自転車が使えない冬の雪道の徒歩は過酷・・_| ̄|● )

さらに病院で約1時間待って
診察はたった2〜3分で終了してしまう。
ひどい時は、1分にも満たない。

やっとのことで病院へ行って 待たされて・・
なのに たったそれだけの時間で
診察されたり、病名を告げられることに
私は、とても不満を感じていた。

こういうメンタルな病気なのだから数字や写真に出ないのは
仕方がないのだが、それでも納得が行かず
スッキリしない・・というのが本音だった。

例えば・・ずっと気持ちが落ち込んで、だるくて 
何もしたくなくなって・・という症状は、この病気でなくても
憂鬱のちょっとひどい症状といえなくもないのでは? 
よく「更年期障害」とか「不定愁訴」とか
あるではないか?
なんて思うことも たびたびあった。

心療内科の診察に なかなか馴染めないし
感情を見せない医者
(患者の依存心が強くなるので わざとそうしているらしい)
・・に対して、いつまでたっても心を開けなかった。
少しずつ変わって来てはいるものの、未だにそうである私だ。

でもそんな時、ある出来事がきっかけで
「しゃべり出すと止まらなくなる」という可笑しな現象が起きた。
それもアタマの中がパニックになり、とにかく止まらない・・。
仕方がないので、家族と話す時に、砂時計やタイマーをテーブルにおいて
話したりもしたが、無駄だった。
この症状は、このことで「躁うつ病」と診断されて薬が変わるまで数日続いた。

ある時は、やっと買物へ行ける様になった頃
やはりあるきっかけで、いきなりその場にしゃがみこみ耳をふさぎ
動けなくなってしまったことがあった。
しかも涙が止まらず、立ち上がれず、一緒にいた母親が
オロオロしながら背中をさすり励ましてくれた。
それから数ヶ月は、ひとりでは怖くて外出ができなかった。

後に私のこれらの症状は、ある言葉がキーワードとなって
パニックに近い状態に陥るらしいと気付くのだが
このキーワードについては、まだちゃんと整理して文章にできないので
これも のちのち いつか書こうと思う。

このことがあってから、「私はやはり病気なのだ」と認めた。
今から2年以上前のことだ。

でもここまでハッキリした症状が その後はなかったので
見えない病気の境界線を、探るような日を過ごしていた。

そして最近・・断薬によるダメージもほぼ回復し
全般的に落ち着いた生活を取り戻して来たのだが

それは突然やってきた。

毎朝、夫の目覚ましが鳴る。
いつも聞いている音なのに、その日はいつもより過敏に反応した。
夫は、音を止めてもまた眠るのだ。
そして また鳴る・・。
それが辛くてたまらず、3度目に鳴った時に 
「うるさい!!」と怒鳴り出した。
怒りが頂点に達し、目覚ましのベルが憎くてたまらず
それをまた鳴らす夫にもガマンできなかった。

私は、人前で怒鳴ったり、怒りをあらわにしたことがなかった。
初めてそんな私を見て呆然とする夫。
まるで別人を見るかのような、あの表情を 
私は、今でも忘れることができない。

それがショックで、私は1日ずっと寝込んでしまった。

そして翌日 目覚ましがまた鳴った。
私は、同じことがあってはと隣の部屋で眠っていた。
それでもその音が、すぐ耳元で聞こえるかのように
大きく聞こえ、驚いて飛び起きた。

そして次の瞬間 私は、号泣していた。
もうそんな自分が嫌でたまらず、危ないことも考えた。
目覚ましの音くらいで 
もう死んでしまいたいと本気で思ったのだ。
そこまでコトを大きくしておきながら、泣きつかれて眠り
目覚めた時には、いつもの自分に戻っていた。

今は、同じ目覚ましの音を聞いても
何とも思わない・・。
この出来事も 「病気だと認めざるを得ない瞬間」のひとつとなった。

そして昨日のことだ。
夕食におでんを作ろうと、ゆで卵を作った。
そして卵の殻をむこうとしていたときのことだ。
水につけておいたはずなのに、殻がくっついてうまくむけないのだ。
どんなに注意して慎重にむいても むけない。
卵はだんだん小さくなり、醜い姿になっていく。

そして遂に 「もう!!」と そのうちの1個をグチャっと 握りつぶし
排水カゴの中へ投げ捨てた・・。

私のココロの中が見えない夫は、「しょうがないなぁ〜」と笑っていたが
私は、笑えなかった。

その時私は、ゆでたまごが心底憎かったのだ。
握りつぶすというその自分の行為が、身震いするほど怖かった。

前出の病気が不安定な時の出来事とは違い
今回の この2つは、病気が安定している時に起こっている。

しかも「激しい怒り」だ。

今まで、「うつの時」は、「哀」 「躁の時」は「喜・楽」があったが
「怒」はなかった。

これは一体どういうことなのだろうか・・。

よく新聞やTVのニュースで事件を報道していて
容疑者は、「躁うつ病」で・とか「うつ病」とか
「心療内科に通院歴が・・」・・という言葉を見聞きするたびに
「私は違う!」ときっぱりと否定できた。

でも、今は違う。
正直 自信を持って否定できない自分に とても不安を感じている
私の中に現れるようになった「予測不能な怒り」は爆弾だと思った。
このことを まだ医者は知らない。
私に、それを言葉にする勇気がなかったからだ。

「大丈夫ですよ かならず良くなりますから・・」と医者は言う。
けれど、専門書には、「かなり長期間つきあう病気」とある。
一体どちらを信じればいいのだろう。

同じ病名でも、症状も重さも 処方されている薬もその量も
人によってかなりの違いがある。
どこまでが軽くて、どこまでが重いのかが まったくわからない。

でも・・ありえないと信じたいが
医者が、私を安心させるために言っているのだとしたら、
医者の言う全てのことが 信じられなくなってしまいそうで怖い。
最近になってやっと信頼関係ができてきたので
それを壊したくはない。

いつか「もう完治しました。薬を飲まなくて結構です」という言葉が
聞けるのだろうか・・・。

時々襲ってくる「病気だと認めざるを得ない瞬間」が
そんな私のささやかな希望を 容赦なくひねりつぶす・・。

新たに激しい「怒」が 突然やってくるようになったことを
今度の診察で医者に話さねばならないと思っている。
また薬が増えるのかもしれない・・・。

今は、普通の状態だと思っている私なのだが
実際は、「うつ」なのか「躁」なのか?
それとも また違う病名がつくのだろうか・・・。

◆追記◆ 誤解があるといけないので補足します。
診察時間が短いことへの不満・・・という記述について・・
他の医者にかかったことがないので 他ではどうなのかわかりませんが
私の医者は、私が自分から話す時以外は、「どうですか?」の会話しかしません。
だからすぐに終了してしまうのです。
これも診療内科医 特有の患者のための診察方法なのだと思います。

私から質問したり、病状の変化を詳しく説明する時は
ちゃんと時間をかけて対応してくれます。
今では、それを理解しているので 
診察時間についての不満はありません。




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断薬での失敗・・
2008年02月09日 (土) | 編集 |
私はもともと 病院も薬もキライな性分だ。

病気がある程度落ち着いてきて、「躁」と「うつ」の落差が

あまりなくなって来たちょうど1年前。 

薬が減薬された。

それまで何種類もの薬を処方されていた私は、

徐々に薬が減って行くのが嬉しくてたまらず、

全快の日は近いと思い込んでいた。


そんなある日、うっかり薬を飲み忘れた。

でも・・症状は何も変わらず、従来の落ち着いた状態の私だった。

これってもしかして、飲んでも飲まなくても変わらないんじゃないかな・・。

つい そんなコトがアタマをよぎった。

リーマスという薬に 私は長い間 反抗してきた。

その理由を書くとかなり長くなるし、ちょっと辛くなるので

今回は書かないが、そのうち書こうと思う。

医者に何度も リーマス以外の薬にして欲しいとお願いしたが

ダメだったのだ。


そしてあることがきっかけとなり、突然自己判断で断薬した。

もちろん医者にもヒミツだ。

それでも眠剤は もらっておこうと思い、従来通り月に1度は通院していた。


そして3ヶ月が経過。 


睡眠障害もなかったので眠剤も必要なく 生活に支障もなく 

「もう私に薬は必要ない♪」 と喜んでいた。

ところがその直後に 激しい「うつ」になり寝込んでしまった。

慌ててまた薬を飲み始めたが、症状はひどくなるばかりだった。

調べると、薬の効果が出始めるまで、約2週間とあった。(個人差があります)

私が「激うつ」になると外出はもちろん、人と話すのも辛くなるので

病院へ行けなくなる。

でも2週間たっても 一向によくならず

やっとのことで病院へ行き、医者に断薬していたことを告白した。

その時の診察内容はあまり覚えていない。

ただ・・・初診の時と同じく、私が泣いていたことだけは覚えている。

人前で泣く私ではない。

完全に感情がコントロールできなくなっていた。

ふりだしに戻ったような気がした。

それまでの1年半もの間 「時間制限のある私の夢」を保留にして治療してきたハズなのに

貴重な時間を台無しにしてしまったと後悔した。


大キライなリーマスは、倍に増えた。 

あれから医者は、減薬しなくなった。

あのままでいたら、今の半分で済んだのに・・・。

私の夢は、ますます手の届かない所へ遠のいた。


断薬=再発

しかもその症状を安定させるまでに 1年もかかった。

決して自己判断で断薬してはいけないと思う。

悲しいことだが、私が良い状態で過ごせるのは

薬の効果であって、決して治ったわけではない。

調子が良くなると、このことをつい忘れてしまうのだ。

個人差があるので、全部がそうだとは言えないのだろうが、

私の場合は、そうだった。

この病気は、決してそんなに甘いものではない。

つくづくそう思った・・・・。


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「躁うつ病」を知らなかったことでの大失敗 
2008年02月01日 (金) | 編集 |
まさか私がこんな病気になるなんて思いもしなかった・・。
躁うつ病とは、その名のとおり「躁」と「うつ」とが繰り返される病気である。
双極性障害とも呼ばれている。

「うつ」の時は、気力・思考力・集中力・行動力・興味などが失われたり、無感動、
疲れやすく身体がだるい、不眠・摂食障害(減食・過食)、
強い焦燥感を覚えたり、通常の生活が困難となる・・などの症状がある。

逆に「躁」の時は、爽快感・活発な行動・睡眠欲求や睡眠時間の減少・誇大妄想
過度な楽観性・浪費・新たな活動や創造の追及・多弁などの症状がある。

ただし、個人差があるので全員にこのような症状が出るわけではない。

「うつ病」に関する本や話題は結構多いけれど、「躁うつ病」の書籍は
最近になってようやく出てきたものの まだまだ少ない。

テレビの番組でも「うつ病」に関するものは多くなってきたが、
「躁うつ病」に関する番組など見たことがない。

だから、私のように誤解してしまう方も多いのではないだろうか?

私は通院して数ヵ月後にとても元気になった。身体が軽く何でもできるようになった。
「うつ病」の薬が効いてすっかり病気が良くなったのだと思い、
前出のような「躁」の症状だったのに、それを元気になった証拠だと誤解して、
担当医にもその症状を告げなかったため
抗うつ剤が効きすぎて、激しい「躁」状態になってしまったのだ。
その為に家族や両親にかなりの迷惑をかけてしまった。

だから、うつ病かな?と思ったら、
「躁」のような症状がないか注意して欲しい。

心療内科の初診では、診察の前に適性検査もあるが、
「うつ病」かも・・と思っているので、医者にもその症状しか
説明しない方が多いのではないだろうか。

「躁うつ病」は「うつ病」よりも患者数が少ないし 自分がその病気になるとは
思ってもみないだろうから仕方がないのかもしれないが、そういう可能性もあるのだ。
心療内科の医者もそのへんを含めて、もっと慎重に診察してほしいと願ってやまない。


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これが今のわたしです
2008年01月30日 (水) | 編集 |
1


2005年の夏に「うつ病」と診断され、翌年には、「躁うつ病」と変更され
躁と鬱とが繰り返しやってくる毎日・・。
何度か病気ブログを試みたが、どうしても暗〜くなってしまい更新する度に自爆・・。

医者の「一番の薬は時間の経過です。必ず治ります!」の言葉を信じて
焦らず、ゆっくり治していきたいと思う。

今までは、ただなんとなく毎日をダラダラと過ごしてきてしまったので
体重がこの2年半で10kgも増量! …( ̄□ ̄;)ga-n


今日からは、失ったこの時間と体重を取り戻すべく 病気にへこたれずに行きます!

・・・とは言っても うつ期には更新が頓挫しますので何卒ご了承ください・・・。


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